ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

LINEを使った住民票交付申請に対する雑感

「LINE(ライン)」を使った住民票交付申請を巡り、東京都のIT企業が、申請を受け付けるサービスを自治体に提供できることの確認を求める訴訟を東京地裁に起こした件についての雑感。

mainichi.jp

 

この件、難しい問題で、そもそも法律論としては請求の趣旨が通知(技術的助言)の違法確認と、原告がサービスを適法に提供できる地位確認という点でも、コメントが難しいと思います。

今日のブログは、そういった話はおいておいて、デジタル申請にどの程度の厳格性を要求すべきかについて、雑談的に書いていきたいと思います。このテーマでも、本当になんともいえない難しい問題なので、はっきりいって大した意見があるわけではありません。

現時点は技術と法令のはざまにあるというか、対郵送請求問題とか、脱署名・押印とか、でも住民票の写しは非常に重要な書類でなりすましの温床になってもいけないし、とか、いろいろ考えるとなんともいえないかなと思い、今までスルーしていましたが、とある方から、この件についてブログに書いてみたらどうか、私の目から見てどう見えるか読んでみたいとおっしゃっていただきまして、ブログに書いています。といっても、大した感想は書けないのですが…。

 

まず、大前提として、住民票が不正に取得されてしまうと、そこからさらになりすましが行われ、犯罪等に使われる危険性もあり、住民票が正しく本人から請求され本人に交付されるということは非常に重要な意味を持つと思います*1

これはマイナンバーカードも同様というかさらに論点として強くなる話で、「マイナンバーカードを簡単に受け取れるようにしないと普及率が上がらない」といわれることがありますが、マイナンバーカードは身分証明書ですので、マイナンバーカードを不正に取得されてしまうと、そこからさらになりすましが行われ、犯罪等に使われる危険性があり、やはりマイナンバーカードの交付時点で、きちんとした本人確認が必要です*2

 

ただ、コロナもあり、またコロナがなくても、住民票を取るために市区町村役場に行くのは面倒なこともあり、このデジタル社会の下、なぜ対行政だけは、依然として紙文化が続くのだろうか、もっとITツールを活用して簡便に行政手続ができるようにならないかという問題意識も、同様に非常によくわかる話です。
「手軽に申請できてこそのDXでしょ」という気持ちはよくわかり、国民の多くが日常的に使っているLINEでできたら、確かに手軽です。

 

「手軽に申請できる」対「なりすましの防止」、これをどう両立させるかという話であって、現時点では難しい論点かなと思います。

 

銀行口座開設でもなんでも、紙の手続が間に入ると、途端に面倒になりますよね。ネット申請で完結できないと。でも、なりすまし防止はちゃんとやらないといけないわけで。

 

ここの会社さんがおっしゃっている、正面の画像と、ランダムに指定される向きの画像、あとは身分証明書の写真画像、これらの照合で、どの程度なりすましリスクが防げるのかという点。これが重要かなと。

総務省関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律施行規則(抄)
(電子情報処理組織による申請等)
第4条 (略)
2 前項の規定により申請等を行う者は、入力する事項についての情報に電子署名を行い、当該電子署名を行った者を確認するために必要な事項を証する電子証明書と併せてこれを送信しなければならない。ただし、行政機関等の指定する方法により当該申請等を行った者を確認するための措置を講ずる場合は、この限りでない

↑このただし書きの措置に当たるためには、行政機関等が指定しさえすればいいというわけではなくて、電子署名以外の方法で良いと判断した合理的根拠が必要だと思います。その合理的根拠として、まあ確かに犯収法は良い材料ではありますが、どうなのか。

 

ただ、郵送申請の話をされちゃうと、かなり厳格さがないというかなんというか。コンビニ交付の方がよっぽど厳格ですよね。郵送申請ができるのに、なんでLINEじゃダメなのかといわれると、確かに何とも言えないですよね。

まあ、全自治体がコンビニ交付に対応すれば、厳格な本人確認&手軽に取得できるっていうのが両立できますね。とはいえ、近所の自治体以外から取得するシーンがどれぐらい多いのか問題で、結局コンビニ交付よりも証明書自動交付機の方が使われていたのではという論点もあり、いろいろな問題が複雑にからみあって、政策としてどうあるべきかは非常に難しい問題かなと思います。

証明書の発行実態(何がどのくらいの通数で、遠いところからの請求がどれくらいあるのか、居住自治体への請求でも不便な場所とかあるのか、例えば居住地から最も近い支所等ではなくて逆に繁華街にある場所で請求されているかどうかとか、交付の実態データを分析すればそれなりにわかる気はします。こういう様々な実態をデータで分析して、それをもとに政策立案をすべきな気がします。)を調査した上で、どうあるべきかをマルチステークホルダーで考えるとかがいいような気がしますが、どうなんでしょうかねえ。マルチステークホルダープロセスも、EBPMも、何年も言われてはいますが、効果的なやり方がまだ確立とまではいえない気もするし。と、非常に歯切れの悪い、なんともいえない文章になってしまっていますが。

 

郵送請求との比較の点については、総務省として、

郵送請求の際は、請求書に自署又は押印を行わせることとしていることから、民事訴訟法第228条第4項の規定に基づき、送付される請求書は真正に成立したことが推定される

https://www.soumu.go.jp/main_content/000681028.pdf

としています。まあ確かに真正な成立問題はありますよね。そりゃね。総務省の問答はよくできていますよね。ちゃんと練ったな、という感想を持ちました。

 

ただ、住民票云々の問題を離れて、契約書とか私文書とか対象は何でも、このDX時代に、「自署又は押印」の意味がどれくらいあるのか。

押印の意味っていうのも問われているわけで、だってシャチハタにせよ、100円ショップで売っているハンコにせよ、300円で文房具屋さんとかに売っているハンコにせよ、簡単に他人がなりすませて押せますよね。あとはビジネスのハンコでも、一番上の無施錠引き出しにハンコを入れていて、部下に押させている上司っていますよね。私以前に見たことがありますが、某組織では、人のハンコを一か所にすべて集めて、その人が全員分代わりに押してましたけどね。怖いですよね。

そして自署も、筆跡鑑定がどれだけ行われているのか、精度はどうなのかっていう話になって、そうこう考えていくと、「私が私であること」の証明って何なのかという哲学的な問題になってしまうというか。どうやって証明すればいいのか。

デジタルサインっていうのかわかりませんが、タブレットに指やペンで自分の名前書かせているやつ、あれもどういう法的意味があるのか。

さらにいえば、契約書や同意書に署名することの意味や、同意ボタンをクリックする意味を、法教育として広く市民に周知・広報する必要があるのではないかとか、署名・押印等について考えていくと話がどんどん広がっていく気はします。

 

ちょうど、国としても、はんこレス等の観点から「署名又は押印」の点を検討しようとしているかもしれず、そういう大きな潮流の中で、行政手続における本人確認がどうあるべきかを合わせて検討していくと良いのかなと思います。

でもねえ、電子署名があればかたいわけで、しかも無料でマイナンバーカードを取得できる状態の中で、電子署名以外の本人確認方法を使うっていうのは、レベルが軽い手続なんだろうなっていうのは、感覚的にはそう思いますよね。

マイナンバーカードの普及率が低い中、そうはいっても電子署名を要求するというのはDX実現の障壁となるんじゃないかという主張もよくわかるけど、でもその話をすると卵が先か鶏が先かの議論になって、だったらマイナンバーカードの普及率を向上させようというまた別の話になっていって、みたいに延々と論点が膨張していくというか。

 

まだ考えがまとまりませんが、これからの検討としては、民訴法の「署名又は押印」に縛られることなく、自由に討議していくことが重要だと思います。国なら法改正や新法制定ができるわけだから、民訴法の二段の推定ありきの議論ではなく、ゼロベースでDX時代を見据えての検討をするべきではないかという主張です。

その際、リスクレベルによって、本人確認*3のレベルを分けて考えるべきではないか。実際上、契約実務や申請書もそうなっているのではないか。ハンコにしても、実印を求めるレベルから、形だけのハンコを求めるものまであり、偽造等されたときに発生する悪影響の深刻さと、偽造等の発生確率(偽造等する動機・メリット等との兼ね合いとか、他の悪用手法との見合い、現実に発生した事案数とか?)から、レベル感を変えていき、その際に署名又は押印っていう紙文化でもレベルによって求める手段が違い、デジタルでもレベルによって求める手段が違い、みたいにするべきなのでしょうか。

あと、この住民票問題その他で出てくる話としては、紙文化対DXっていうだけの問題ではなくて、リアルに対面すると、挙動不審とか帽子で顔を隠しているとか、やっぱり犯罪関連かどうかがなんとなくわかりやすいというかそういう問題もあり、現状の、「リアル、郵送」に「DX」を付け加えるという発想ではなくて、リスクと防止措置の強弱で考えていくべきなのでしょうかねえ。

 

他の行政手続と比べて、住民票の写しってやはりリスクレベルは高くて、住民票の写しを不正請求するっていうのはやはり起こる話であって、これは強いレベルの防止措置が必要であろうと思います。でもそうなると、今認めている郵送請求の方法をもっと強化すべきみたいな話になって、規制緩和というよりは規制強化になってしまうかもしれず。まあ必要なら規制強化はすべきではあるのですが。

 

 

あとそもそも論を言い出すと、「情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律」自体、ひいては旧オン化法の法形式がおかしくて、だって、具体的方法は各府省に委ねてるんですよ。山のように法律があって、そのデジタル化の方法は各府省に委ねられている。各府省によって違ってよい、まったくバラバラでも良いということになっているわけですよ。おんなじ国や自治体への手続なのに、各府省の判断でかなりバラバラにできるっておかしくないですか?*4

それに、国民の目から見て、法曹関係者の目から見てもですよ、「私は、住民票を取りたいな。住民票というのは、根拠法が住民基本台帳法で、これは総務省の所管法令ね。総務省関係法令だから、デジタル手続する際に、この総務省…施行規則を見ないといけないのね」なんて思いますか? 住民基本台帳法が総務省の所管法令かどうか、そりゃ私はよく知ってますけど、普通の国民や法曹はそれどうやって調べるのか、総務省設置法?だったかなんだったかの根拠法を見ろ、総務省サイトから所管法令を見ろっていう話かもしれませんが、デジタル手続法の定め方として、どの府省の所管法令かをまず調べさせて、府省に判断させるって、縦割りの権化ではないですか? デジタル化のありかた、原則形態をばしっと法律で決めて、例外的な形態を、各府省令じゃなくてデジタル手続法自体か、デジタル手続法の所管庁が政令等で定めるべきじゃないですか。各府省に委ねているんですよ。しかも各府省令、ほぼコピペなんですよ。個人情報保護法ガイドラインが数十本あったのと同じで、縦割り主義の典型例で、主権者たる国民目線が欠如している法形式だと思います。

 

 

あと思うのは、デジタル手続化する対象手続の選定が重要だということです。デジタル化することで利便性が上がる手続を選定すべきです。かつリスクレベルが低いものであれば、簡素な手続で実現可能そうです。

体育館の予約とかをいまだに自治体によっては住民に来庁してもらってやっているところがあるようですが、あれはデジタル化したほうがよくないですか?あえて来庁してもらって、競争率を減らしているとか別の理由があるのでしょうか? 公民館・体育館・市民ホール・会議室の予約とか、そういうのはどんどん簡素な手続でのDXを進めていくところかなと思います。

住民票の写しって、確かにやる人が多い手続なんですが、重たい手続ですよね。

 

私、話変わりますが、非識別加工情報についても良く思うのが、始めるなら、まずはプライバシーリスクが小さいところで、かつ民間事業者の取得ニーズが高いものから始めるべきだと思うんですよね。何もいきなり地方税情報とか福祉情報から医療情報とかからドカンと始めなくてもとか思います。まあでもそんな甘いことを言っていると、ドカンとインパクトのあるDXは成し遂げられないので、リスクが高いものでもDXしたほうがよい手続は、ちゃんと悪用防止措置を十二分に検討して、やっていくべきというのもわかり、なんとも難しい問題だなと。

 

という風に、現時点で特に意見や主張があるわけではないのですが、とりあえずブログに書いてみました。 

 

 ちょっと系統が似ている、前に書いたブログも貼っておきます。

cyberlawissues.hatenablog.com

 

 

 

 

*1:代理人請求の問題についてはここでは割愛。

*2:ただ、だからといって、一般人がカードを落としたら容易に悪用されるというわけではかならずしもなくて、顔写真がついているのでそれを偽造しないと対面本人確認には通常は使えないし、では郵送請求はどうかとかいろいろありますが、なりすましの話をすると過度にあおる方もいることはいるので、正しく危険性というか、リスクの度合いや発生確率を理解することが必要かと思います。

*3:というか、真正な成立?

*4:もちろん、事務・根拠法によって判断が異なってくるからというのはわかりますが、ならそのレベル感でも法律で決めて、レベル1の場合はこうとかレベル2の場合はこうとか決めるべきでは?そういうことをいうと屁理屈回答的に「いや、デジタル手続法でも原則を定めている」というような回答が返ってきそうだけど、「申請等のうち当該申請等に関する他の法令の規定において署名等をすることが規定されているものを第一項の電子情報処理組織を使用する方法により行う場合には、当該署名等については、当該法令の規定にかかわらず、電子情報処理組織を使用した個人番号カードの利用その他の氏名又は名称を明らかにする措置であって主務省令で定めるものをもって代えることができる。」ですからねえ。