ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

弁護士業務と個人情報保護法23条・17条2項の関係性

弁護士が依頼者から相談を受ける際に、「息子に障害がある」「夫がガンである」等を聴取することがあります。場合によっては、診断書を入手してもらう場合もあります。これらは改正個人情報保護法上の要配慮個人情報に該当すると思うのですが、取得が禁止されるのでしょうか? もし禁止されると、弁護士業務ができず、本人の正当な権利利益の保護が図れません。どうすればよいですか。

障害やガンの診断書は、個人情報保護法上、要配慮個人情報に当たると考えられますが、法律上、取得・提供は可能です。

その際の根拠条項が論点となりますが、私は、弁護士業務の場合、個人データや要配慮個人情報の提供・取得の根拠を、「人の生命・身体・財産の保護」を理由とするのではなく、(ア)「第三者提供ではない」するか、(イ)「法令に基づく場合」を理由として整理すべきと考えています。

(ア)「第三者提供ではない」とする根拠

三者提供を制限する法23条の趣旨は、本人の予期しない個人データの利用・結合等によって、本人に不測の権利侵害を及ぼさないようにすること、そしてその一方で、個人情報の有用性(法1条)から本人や社会公共の利益を図るため、本人の意思にかかわらず個人データを提供することが求められる場合もあるなどの背景から、一定の場合には、本人の同意がなくても個人データを第三者に提供できるようにするか、提供を受ける者を第三者に該当しないものとすることにあると考えられます(園部145−146ページ)。

この法23条の趣旨を受けて、当然のことながら、個人データの提供が禁止される相手は「第三者」であり、本人や個人情報取扱事業者自身は含みません。本人に提供する際は、法23条の適用対象外(※「適用対象」と記載していましたが、「適用対象外」の誤記でしたので、22.12.15に「外」を追記)になります(園部146ページ)。この点、弁護士は代理人であり、本人や個人情報取扱事業者に成り代わる存在で、これらと同視できると考えられます。
宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説[第5版]』156ページでも「弁護士が個人情報取扱事業者代理人として個人データを利用する場合や、公認会計士が監査のために個人情報取扱事業者の個人データを利用する場合には、ここでいう第三者への提供に当たらない」としています。

なお、このように解釈しても、弁護士は法律上守秘義務を負っているため(弁護士法23条、刑法134条1項)、弁護士から個人データがさらにみだりに転々流通することは、法制上禁止されていると言えます。

この見解を取った場合、弁護士への提供行為は、法23条の適用対象外となります。そうすると、法25・26条の確認・記録義務についても適用対象外となります。

なお、要配慮個人情報の取得については、法文上、法23条とは異なり「第三者」という文言自体は出てきません。しかし要配慮個人情報を取得できる場合が、法23条とパラレルであることを考えると、法17条2項も法23条と同様の解釈をとるべきであり、弁護士が要配慮個人情報を取得する行為は、法17条2項にいう「取得」には当たらず、17条2項の適用対象外と解すべきと考えます。

(イ)「法令に基づく場合」とする根拠

弁護士が弁護士業務を遂行するために個人データを提供したり要配慮個人情報を取得することは、そもそも法令上予定されていることであると考えられます。法23条1項1号にいう「法令に基づく場合」とは、税務署への質問検査対応、個人情報保護委員会への報告に伴う個人データの提供等が具体例とされています。これが許されるのは、法令上そのような行為が許容されており、そのような行為をする上で、個人データ等が提供されることも予定されているため、個人データ等の提供を含め、法令上このような行為が全体的に許容されているないしは義務付けられている場合があるためであると考えます。

この点、弁護士に関係がある「法令に基づく場合」には、弁護士会照会がありますが、それ以外であっても、たとえば、相手方と交渉するため、訴状を書くため、準備書面を書くため、弁護人として被告人等を防御するためといった、弁護士の業務においても、これらは弁護士の職務として法令上認められているものであり、その際に個人データの提供が発生することも法令上当然予定されていると考えられます。

以上から、弁護士業務のために個人データを提供することや要配慮個人情報を取得することは、「法令に基づく場合」に該当するものと考えます。

もっとも、「法令に基づく場合」に当たるためには、何法の何条に該当するかを明らかにすべきとも考えられます。この点、訴状を書くためであれば、民事訴訟法133条2項、準備書面であれば同法161条2項で良いと思いますが、訴訟提起を前提としない相手方との交渉や最初の法律相談などの場合もありますし、あとは会社のクライアントからコンプライアンスの相談を受ける場合等もあります。この場合には民事訴訟法は妥当しないとも考えられます。他方で、究極の解決は訴訟であると考えられることから、訴訟提起を前提としない場面でも、最終的には民事訴訟法を根拠条文にして、「法令に基づく場合」に当たると解釈することも可能であるとは思います。ただ、そう解釈するのはある意味強引な側面が残るため、私としては、弁護士法3条を根拠とした方が筋の良い素直な解釈であると考えます。

以上から、当職としては、弁護士法3条を根拠に、弁護士が訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務(弁理士及び税理士の事務)を行う際の個人データの提供行為、要配慮個人情報の取得行為は、「法令に基づく場合」に当たると考えます。

この見解を取った場合、弁護士からの職務上必要な範囲内の提供行為は、法23条1項1号で許容され、法25・26条の確認・記録義務についても適用対象外となります。
要配慮個人情報の取得についても、法17条2項1号で許容されることになります。

(ウ)「人の生命、身体又は財産の保護」としない理由

個人情報保護委員会ガイドラインでは、「人の生命、身体又は財産の保護」を理由として、弁護士への提供等を認めているようです(Q&A Q10−3。http://d.hatena.ne.jp/cyberlawissues/searchdiary?of=5&word=%2A%5B%BE%F0%CA%F3%CB%A1%5D)。

しかし、既にブログで書いた通り、財産に関わらない訴訟もあるので、その場合はどうするのかという疑問が残ります。例えば財産分与・慰謝料請求の一切ない離婚訴訟や出版差し止め請求は、請求がないだけで結局は財産保護が観念できると解釈できるとしても、情報公開請求とか、個人情報開示請求とか、発信者情報開示請求とか。このあたりも、国賠、不法行為等の財産保護が観念できると解釈するのでしょうか。刑事弁護はどうでしょうか。在宅被疑者の弁護活動は、生命、身体の保護ではないように思います。これも、無実の罪で起訴されそうであることが財産損失につながると解釈するのでしょうか。かなり強引に思います。

弁護士業務全般を統一的に解釈した方が適切であり、提供・取得の根拠を、「人の生命・身体・財産の保護」を理由とするのではなく、(ア)「第三者提供ではない」するか、(イ)「法令に基づく場合」を理由として整理すべきと考えています。


17.4.25追記

「法令に基づく」の「法令」から業法は一般的に除かれ、弁護士法が入るとする趣旨ですが、私としては、「要配慮個人情報等を本人同意なく取得・提供することが法令上予定されているのか」という観点から考えてはどうかと思っています。弁護士業務の場合は、当事者主義を前提として、当事者が主張立証しなければならず、その観点から、本人同意を得なければ要配慮個人情報や個人データを取得・提供できないとしては、権利利益の保護が図れないという前提があり、それを踏まえると、他の業法とは異なると思うためです。これに対して、保険業や銀行業は、本人同意を得ない取得・提供がなければ正当な権利利益の保護が図れない、憲法上保障されている基本的人権の保障が図れないということは一般にはないと思うのです(但し、個別条項によっては、そういう場合もありうるので、個別検討は必要ではある)。