ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

判例集の個人情報保護法上の解釈

個人的メモです。

判例が雑誌・書籍に掲載されたり、裁判例データベースが無償・有償で提供されていますが、それらと個人情報保護法の関係についての個人的意見を述べようと思います。

なお、当職の記す意見はあくまで個人情報保護法の解釈等との関係での意見であって、判決文公表がどうあるべきかについての意見ではありません。当職は個人情報保護法が大好きであって、それを検討したいにすぎず、判決文公表のあるべき姿については、当職は知見がありませんので、その点についての意見を述べるものではありません。

 

1.個人情報保護法の提供・取得規制概観

判決文自体には、原告・被告・代理人等の氏名等が記載されていて、個人情報に当たります。しかし、雑誌・書籍や裁判例データベースに掲載されているのは、この判決文から氏名等を「A」などと置き換えた情報になっています。これは、個人情報保護法上、どう整理できるのでしょうか。

 

判決文を雑誌や書籍に掲載したり、裁判例データベースに搭載して契約者に見せる行為は、「提供」に当たると考えられます。

個人情報保護法では、「提供」「取得」に関して、主に3つの規制を置いています。

  • (提供)個人データの第三者提供規制(23条)
  • (取得)要配慮個人情報の取得規制(17条2項)
  • (取得)個人情報の適正取得義務(17条1項)

これらのほか、外国提供規制(24条)、記録、利用目的等の規制もありますが、今回は割愛します。

また判決文の入手元がどこかという問題があり、それに伴う個人情報保護法の収集規制・提供規制の論点もありますが、出版社や例規集ベンダーがどうやって判決文を収集しているかは私はわからないので、この論点もおおむね割愛します。

 

2.匿名化又は個人情報ではなく加工されているか

雑誌・書籍や裁判例データベースに掲載されているのは、判決文から氏名等を「A」「甲」などと置き換えた情報です。これは、個人情報ではないと評価できるかというと、場合(というか情報の状態)に依るかと思います。

基本的に、出版社も例規集ベンダーも個人情報ではなくなるよう丁寧に加工していると思われますので、個人情報ではないといえる場合が大多数であると思います。しかし、名前を置き換えただけでは個人情報該当性を否定できません。名前以外でも経歴・職業、生年月日、ニックネームその他、誰かわかる情報は全て加工しなければなりませんし、それ以外にも特異な情報を削除しなければなりません。

また著名事件などは、いくら、名前、経歴・職業、生年月日、ニックネームその他を置き換えていたとしても、事案の概要を見ただけで、「ああ、あの事件のことだな、原告(又は/及び被告)はこの人だな」とわかってしまうこともあり得ます。

例えば、非常に大事件だった刑事事件の民事事件の場合や、著名人の裁判で報道等でも取り上げられたり、又は原告若しくは被告ご本人が事案の概要や裁判になっていることをSNS等で周知しているものなどは、いくら、原告・被告等の名前、経歴・職業、生年月日、ニックネームその他を置き換えていたとしても、事案の概要を見ただけで、誰の情報か分かるかと思います。

そして一般的には著名事件でない事件であっても、事案の概要等から誰が関連する事件かどうかわかるものはあると思います。一般人基準で個人情報該当性を判断するにしても、一般人から見て著名事件ではないものでも、事案の概要を見て、なんとなく記憶していたものの場合(例えば、著名事件ではないものの、ニュース等で報道されたもので、人によっては記憶に残っているものなど)や、事案の概要や詳細で登場するキーワードをWeb検索すれば誰が関連する事件かわかる事案はあると思うのです。

 

個人情報該当性は、平たくいえば誰の情報かわかるかどうかによって判断されますので(2条1項)、氏名や経歴等が置き換えられていたとしても、個人情報に該当する可能性が残ります。

 

3.個人データの第三者提供規制(23条)

(1)第三者提供規制の対象は「個人データ」

では、氏名が「A」「甲」などと置き換えられている判決文を、雑誌・書籍・データベースに掲載したとして、個人情報保護法23条の問題は発生するのでしょうか。

個人情報保護法23条では、個人データの第三者提供について規制しています。つまり対象は「個人情報」ではなく「個人データ」です。

「個人情報」かどうかは、平たく言えば誰の情報かわかるかどうかによって判断されますが(2条1項)、「個人データ」に該当するためには、まず「個人情報」に当たったうえで、さらに検索性があって体系的に構成されていなければなりません(個人情報保護法2条6・4項)。

 

「個人情報」と「個人データ」の違いを例を用いて平たくいうと、名刺の束はただの個人情報ですが、名刺を名刺管理ソフトに入れたり、紙の名刺のままでも50音順に並べ替えたりすれば、検索性があって体系的に構成されているので「個人データ」に該当します。

 

(2)判決文の「個人データ」該当性

 判決文についてはどうでしょうか。

紙で判決文を雑誌・書籍等に掲載する行為は、原告の50音順に並んでいたりするわけではないので、「個人データ」には当たらないと考えられます。

データの場合はどうかというと、データでも、仮に原告の名前がそのまま掲載されていたとしても、文字列検索で検索できるだけでは「個人データ」には該当しません(宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説第5版』57頁(有斐閣、2016年))。原告・被告等の氏名等が「A」などと置き換えられていて、ただ上述の通り、事案の概要などから誰が関連する事件かが分かってしまう場合は、その「誰か」が検索できるようになっているわけではないので、「個人データ」には当たらないと考えられます。

 

そうすると、判決文を、雑誌・書籍・データベースに掲載したとして、個人情報保護法23条で規制されている「個人データ」には該当していないので、23条の問題にはならないと考えられます。

 

4.要配慮個人情報の取得規制(17条2項)

(1)要配慮個人情報の取得規制の対象は「個人データ」ではない

 次に、個人情報保護法17条2項について検討します。

個人情報保護法17条2項は要配慮個人情報の取得を規制した条項です。要配慮個人情報は、限定列挙された一定の個人情報をいい、具体的には人種、信条、社会的身分、障がい、医療関連、犯罪関連の情報をいいます(2条3項・政令2条2項・規則5条)。

そして要配慮個人情報に該当しさえば、「個人データ」か否かにかかわらず、個人情報保護法17条2項の規制対象になります。

 

(2)判決文の「要配慮個人情報」該当性

 判決文で、原告・被告等の氏名等が「A」などと置き換えられていて、ただ上述の通り、事案の概要などから誰が関連する事件かが分かってしまう場合は、「個人情報」に当たりますが、「要配慮個人情報」に当たるかどうかは内容に依ります。

そのわかってしまう誰かに関する人種、信条、社会的身分、障がい、医療関連、犯罪関連の情報が判決文に含まれていれば、判決文は要配慮個人情報に当たると考えられます。

 

(3)判決文の17条2項規制

 そして個人情報保護法17条2項・政令7条では、以下の場合にしか要配慮個人情報を取得してはいけないと定めています。

  • あらかじめ本人の同意を得た場合
  • 法令に基づく場合
  • 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき
  • 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき
  • 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき
  • 当該要配慮個人情報が、本人、国の機関、地方公共団体、第七十六条第一項各号に掲げる者その他個人情報保護委員会規則で定める者により公開されている場合
  • その他前各号に掲げる場合に準ずるものとして政令で定める場合
    (本人を目視し、又は撮影することにより、その外形上明らかな要配慮個人情報
    を取得する場合
    又は 法第 23 条第 5 項各号に掲げる場合において、個人データである要配慮個人情報の提供を受けるとき)

 

判決文を雑誌・書籍に掲載する行為は、17条2項によって規制されるでしょうか。

 

この点、著述を業として行う者が著述の用に供する目的で個人情報を取り扱う場合や、大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者が学術研究の用に供する目的で個人情報を取り扱う場合については、個人情報保護法の具体的義務の適用対象外です。

したがって、研究者が判決文を雑誌・書籍に掲載しても、そもそも個人情報保護法の具体的義務の適用対象外であり、17条2項も適用されません。但し、弁護士が判決文を雑誌・書籍に掲載した場合、学会に参加している弁護士ならいいですが、そうでないと適用除外にならないのではという論点もあります(共同研究と言えない単著等の場合。日弁連を学術研究を主たる目的とする機関といえるかどうかの論点が出てきます。ただ執筆する弁護士は「著述を業として行う者」に該当してそれで個人情報保護法の適用除外という解釈もあり得ますが。)。

 

そして、判決文を、出版社の編集部が雑誌・書籍に掲載した場合はどうかというと、「著述を業として行う者」に該当してそれで個人情報保護法の適用除外という解釈も可能です(前掲宇賀335頁)。

 

他方で、例規集ベンダーが裁判例データベースに搭載した場合は、いくら出版社が例規集ベンダーを兼ねていたとしても、「著述を業として行う者」が「著述の用に供する目的」で個人情報を取り扱っているといえるかどうかは、怪しいところがあります。著述のためではなく、裁判例データベースの有償提供のためなので、ちょっとこれで個人情報保護法の適用除外というのは厳しいのではないでしょうか。

そう解釈すると、これは個人情報保護法の適用になって、17条2項も適用されることになります。17条2項のうち、判決文の裁判例データベースへの搭載が許容される根拠条項があるかというと、以下の通り、結構難しいかと思います。

  • あらかじめ本人の同意を得た場合
    →同意を得られればこれを根拠にできる
  • 法令に基づく場合
    →これを根拠にするのは難しいのでは?
  • 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき
    →これを根拠にするのは難しいのでは?
  • 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき
    →これを根拠にするのは無理
  • 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき
    →これを根拠にするのは難しいのでは?
  • 当該要配慮個人情報が、本人、国の機関、地方公共団体、第七十六条第一項各号に掲げる者その他個人情報保護委員会規則で定める者により公開されている場合
    →裁判所や研究者・著述家が公開しているものを裁判例データベースに搭載する場合は、これによって許容されうる
  • その他前各号に掲げる場合に準ずるものとして政令で定める場合
    (本人を目視し、又は撮影することにより、その外形上明らかな要配慮個人情報
    を取得する場合
    又は 法第 23 条第 5 項各号に掲げる場合において、個人データである要配慮個人情報の提供を受けるとき)
    →23条5項3号の共同利用ぐらいしかありえないのでは?

 

5.個人情報の適正取得義務(17条1項)

上記ほど大きな論点ではありませんが、「要配慮個人情報」にも「個人データ」にも該当しない「個人情報」であっても、個人情報保護法17条1項で適正に取得する義務があります。

そのため、書籍・雑誌・データベースに掲載する判決文をそもそもどうやって取得したかという取得行為自体が不適正と判断され17条1項違反になる可能性はあります。

また、書籍・雑誌・データベースから判決文を見る側にしてみても、さすがに不適法・不適正が疑われる法律書籍・法律雑誌というのはあり得ないかもしれませんし、データベースもそういうものはあり得ないでしょうけれども、もし個人情報を不適法・不適正に取得していると疑われるデータベースを契約して、そういった裁判例を見る行為自体も、17条1項に当たり得る可能性はあります。

 

6.個人情報保護法以外の問題

上で述べてきたことを以下にまとめますが、氏名等を「A」などと置き換えた判決文を雑誌・書籍、裁判例データベースに掲載する行為が個人情報保護法上の問題を招き得る場合というのは、限定されます。

  • 「個人データ」には該当しないので、23条の問題にはならないと考えられる
  • 「要配慮個人情報」に該当する可能性はあるが、研究者や著述を業として行うものの場合は個人情報保護法の具体的義務の適用除外となる。裁判例データベースについては個人情報保護法が適用されると解され、その場合17条2項違反になる可能性がある
  • 「要配慮個人情報」にも「個人データ」にも該当しない「個人情報」であっても、適正に取得しないと17条1項違反になる可能性はあるが、稀なケースかもしれない

しかし、個人情報保護法上問題になる場合が少なかったとしても、また個人情報保護法が適用除外される場合であっても、プライバシー権侵害を構成する可能性はあります。

 

例えば、研究者や著述を業として行うものが雑誌・書籍に判決文を掲載して、氏名等を「A」などと置き換えたものの、誰が関連する判決文かがわかってしまう状態だったときに、その人からプライバシー権侵害で提訴される可能性があります。

裁判は公開が原則とはいえ、そこで掲載された判決文の内容(プライバシーと認められるかどうか)や、誰が関連する判決文がわからないようにどれぐらいの努力をしているか(故意過失?)、判決文を掲載する価値(プライバシー権と対立する教育・研究等の権利利益?)、その他の事情等によって、プライバシー権侵害が成立する可能性があります。

 

個人情報保護法はあくまで予防的に個人情報取扱事業者に各種義務をかける法律であって、個人情報保護法上問題なかったとしても、プライバシー権侵害が成立する場合はあるので、やはり慎重な対応が必要だと思います。