消費者契約法改正が令和5年6月1日に施行されます。この法改正は、利用規約等に影響を与えうるものなので、このブログでその点をまとめるとともに、消費者契約法の改正されていない部分や関連裁判例にも触れていきたいと思います。
なお、電気通信事業法も改正され、これの施行も令和5年6月ですが、こちらによってプライバシーポリシーに影響が出る可能性があります。この点については、以下の別記事でまとめています。
※筆者のミス等がありえますので、ご利用にあたっては必ず原典等に当たっていただけますようお願いいたします。
※今後も更新・修正する可能性があります。
利用規約は、一般にサービス提供側の事業者とサービス利用側のユーザ間の関係を規定するものと言えます。無償サービスであっても有償サービスであっても、事業者と消費者(個人であって、事業として又は事業のために契約の当事者となる場合を除く。消費者契約法2条1項)間の場合は、消費者契約法に留意する必要があります。
1.利用規約の公開等
(1)法律で求められること
民法でいう定型約款に該当する利用規約の場合*1、消費者が利用規約を見せてくれと言ってきた場合には、契約成立の前後を問わず、請求から遅滞なく、利用規約の内容を示さなければなりません(民法548条の3第1項)。
改正消費者契約法3条1項3号でも、その点について配慮がなされました。すなわち、消費者が利用規約の内容を見せてくれというために必要な情報提供をするよう努力する義務が事業者側に課されました。但し、定型約款の内容を消費者が容易に知り得る状態にあれば、特にそのような努力義務はかかりません(消費者契約法3条1項3号)。
なお、消費者契約法の改正として、解除権・解約料についての情報提供等(消費者契約法3条1項4号、9条2項、12条の4、12条の5)も定められましたが、ここでは割愛します。
(2)実務対応
これを踏まえると、アプリやブラウザ画面で、消費者が同意ボタンを押下する画面で初めて利用規約を見られるような画面遷移にするのではなく、まだそのサービスを申し込む前のユーザであっても見られるような画面(例えばプライバシーポリシーと同じような場所)に利用規約を掲載したほうが適切であるように思います。
ただ、あくまで努力義務ですし、情報提供の努力義務が本体なので、必ず上記のような画面遷移設計にしなければならないとまでは言えないとは思います。
なお、プライバシーポリシーの場合は、通常は、トップページから1クリック程度で遷移できる場所に公開しておくべきとされています。
(3)関連法令の引用
〇消費者契約法第三条 事業者は、次に掲げる措置を講ずるよう努めなければならない。
一・二 略
三 民法(明治二十九年法律第八十九号)第五百四十八条の二第一項に規定する定型取引合意に該当する消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者が同項に規定する定型約款の内容を容易に知り得る状態に置く措置を講じているときを除き、消費者が同法第五百四十八条の三第一項に規定する請求を行うために必要な情報を提供すること。
四 略
〇民法
(定型約款の内容の表示)
第五百四十八条の三 定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。
2.利用規約の免責規定-事業者一方的有利とせず、かつ明確化する
法律で求められること
利用規約は、サービス提供側の事業者者に有利な条項が規定されることがあります。例えば、サービス提供者の免責事項や損害賠償範囲等を、民法下よりもサービス提供側の事業者に有利に定める例も多く見られるところです。
しかし、元々、消費者契約法では、事業者の損害賠償の責任を免除する条項等を無効にしていました。そして今回の法改正でその点について追加の規定が設けられました。どのような条項が無効になるかというと、
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(1)損害賠償責任の全部免除
平たくいうと、事業者が悪い(債務不履行責任・不法行為責任)せいで消費者に損害が生じた場合、事業者はその損害を賠償する義務があります。
しかし、利用規約では、事業者側の責任を免除している場合(債務不履行・不法行為による損害賠償責任の免除)がありますが、消費者契約法が適用される場合は同法により無効となります(消費者契約法8条1項1・3号)。条項が無効となった結果、損害賠償責任については、何の特約もなかったこととなり、事業者は民法の原則どおり損害賠償責任を負うこととなります(消費者庁築城解説P124)。
(例)「いかなる理由があっても一切損害賠償責任を負わない」
「事業者に責に帰すべき事由があっても一切責任を負わない」
「事業者に故意又は重過失があっても一切責任を負わない」
上記のような例(消費者庁逐条解説P123に記載された例)の場合は、消費者契約法上無効なことが明らかだと思います。しかし、利用規約は意外と複雑で、例えば以下のような場合は、どうでしょうか。
当社は、本サービス中に、コンピュータウィルス等が含まれていないことについては、一切保証しないものとします。当社は、コンピュータウィルス等にユーザ又は第三者に生じた一切の損害について、一切責任を負いません。
このような場合、事業者側が悪いといえるのか(事業者に帰責事由があるのか)が不明瞭です。というのも、事業者が必要な注意を払っていても、ITサービスの性質上、未知のウィルス等に感染してしまうことはありえなくはなく、事業者に帰責事由がなければ、そもそも事業者は責任を負いません。
また、損害賠償責任の全部免除を定めた規定であるといえるのかが問題になると思います。消費者庁逐条解説では、「いかなる理由があっても」「責に帰すべき事由があっても」「故意又は重過失があっても」と書いてあるということもあります。
しかし、後ろの方で述べる裁判例から考えると、やはり事業者の責任を負う場合を明確にすべきであると言えると思います。
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(2)故意・重過失による損害賠償責任の一部免除
平たくいうと、事業者が知っていてやったか、それとほぼ同視できるようなミスをして(故意・重過失による債務不履行責任・不法行為責任)消費者に損害が生じた場合、事業者はその損害を賠償する義務があります。
しかし、利用規約では、そのような場合でも事業者側の責任を免除している場合があります。「全部免除」は上記の消費者契約法8条1項1・3号で無効ですが、「一部免除」であっても消費者契約法8条1項2・4号で、故意・重過失によるものである場合には、その限りにおいて無効となり、損害賠償額の限度については、何の特約もなかったこととなり、事業者は損害賠償責任を制限することはできないこととなります(消費者庁逐条解説P126-127)。事業者に故意又は重過失がない場合については、原則として無効にならず(ただし、消費者契約法10条や民法90条に違反する場合を除く)、事業者は損害賠償責任を制限することができるとされています(消費者庁逐条解説P127)。
「一部を免除」とは、事業者が損害賠償責任を一定の限度に制限し、一部のみの責任を負うことであり、例としては以下が考えられます(消費者庁逐条解説P126)。
「事業者の損害賠償責任は○○円を限度とする」
「事業者は通常損害については責任を負うが、特別損害については責任を負わない」(消費者庁逐条解説P135)
もっとも、免責規定のように見える場合でも、そもそもサービスの性質上等から、完璧なサービスを提供することが義務とまではなっていない場合もあり、その場合は免責規定のように見えても、消費者契約法8条が適用されるものではないと考えられます。
当社は、以下のような事由が生じた場合は、一時的に本サービスの提供を中断することがあります。
イ 技術的に不可能な事由による場合
・・・・・・
債務不履行とは、債務者が債務の本旨に従った履行をしないことを指しますが、この例の場合に免責規定を設けていても、消費者契約法にいう「債務不履行責任を免除する」条項に該当しない場合もあるとされています(消費者庁逐条解説P125)。この場合、事業者の提供すべきサービス(債務)の内容は、技術的に不可能な事由による一時的中断があり得る性質のものであり、債務の内容は技術的に可能な範囲に限られるので、事業者は技術的に可能な範囲でサービスを提供すれば債務を履行していることとなると考えられると同逐条解説に記載があります。
事故発生前に購入した乗車券を所持する旅客は、次の各号に該当する事由が発生した場合、旅客運賃の払いもどしを請求することができる。
(1) 列車が運行時刻より遅延し、そのため接続駅で接続予定の列車の出発時刻から2時間以上にわたって目的地に出発する列車に接続を欠いたとき、または着駅到着時刻に2時間以上遅延したとき。
運送約款上、特急・急行列車において、2時間未満の遅延の場合、乗客は特急・急行料金の払戻しを請求することができない旨規定されていますが、このような場合、事業者の責に帰すべき理由がある場合も含めて、合理的な一定時間内は、民法第415条等の解釈により、債務があるものとはみなされず、したがって債務不履行を構成しないことから、消費者契約法8条1項が適用されるものではないとも、消費者庁逐条解説P125に記載されています。同様に、電気通信サービスにおいても、天候の影響や通信環境の問題等様々な理由により通信の瞬断等が往々にして生じ得ること、また、瞬断等が発生した場合に、その原因の特定が困難といった事情・特徴があること等電気通信サービスの特性に鑑みると、その約款により合理的な一定期間について責任を免責しても、消費者契約法8条1項は適用されないものとも記載されています。
つまり、利用規約の規定上は免責規定のように見えるものであっても、結局、合理的に考えて、24h365dの100%稼働までが債務になっていないと考えられるような場合もあり、そのような場合は、そもそも債務不履行にも当たらないというロジックで、事業者側には損害賠償責任が生じておらず、消費者契約法8条1項の問題ではないと構成すると考えられます。
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(3)事業者側で損害賠償責任の有無を決定する
事業者が損害を賠償する義務があるかどうかは、契約がなければ民法にて判断することとなります。もっとも、利用規約で、事業者に損害賠償責任があるかどうかを、その事業者にて決定するものとする取り決めがある場合があるそうです。このような利用規約の規定は消費者契約法8条1項1・3号で無効となります。条項が無効となった結果、損害賠償責任については、何の特約もなかったこととなり、事業者は民法の原則どおり損害賠償責任を負うこととなります(消費者庁逐条解説P124)。
(例)会社は一切損害賠償の責を負いません。ただし、会社の調査により会社に過失があると認めた場合には、会社は一定の補償をするものとします。
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(4)故意・重過失による損害賠償責任の限度を事業者側で決定する
平たくいうと、事業者が知っていてやったか、それとほぼ同視できるようなミスをして(故意・重過失による債務不履行責任・不法行為責任)消費者に損害が生じた場合、事業者はその損害を賠償する義務があります。契約がなければ、損害賠償額・範囲は民法に基づいて判断されます。
しかし、利用規約では、そのような場合に、事業者側の責任の限度を事業者自身で判断できるとする規定があるようです。このような利用規約の規定は消費者契約法8条1項2・4号で、故意・重過失によるものである場合には、その限りにおいて無効となり、損害賠償額の限度については、何の特約もなかったこととなり、事業者は損害賠償責任を制限することはできないこととなります(消費者庁逐条解説P126-127)。事業者に故意又は重過失がない場合については、原則として無効にならず(ただし、消費者契約法10条や民法90条に違反する場合を除く)、事業者は損害賠償責任を制限することができるとされています(消費者庁逐条解説P127)。
(例)当社が損害賠償責任を負う場合、その額の上限は10万円とします。ただし、当社に故意又は重過失があると当社が認めたときは、全額を賠償します。
損害賠償責任が事業者の故意又は重過失によるものであっても、当該事業者が故意又は重過失によるものではないという決定をすることで、上限10万円の限度においてのみ責任を負うことを可能とするものなので、無効とされています(消費者庁逐条解説P137)。
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(5)契約不適合による損害賠償責任の免除
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(6)契約不適合による損害賠償責任の有無・限度を事業者側で決定する
平たくいうと、消費者が事業者から悪い物を納品されてしまった場合などに、事業者が消費者に対して負うべき損害賠償責任の免除・限定が、消費者契約法8条1・2項で無効になるというものです。
民法改正前の瑕疵担保責任に関する裁判例ですが、バイクショップから中古バイクを買った消費者が、バイクを運転して帰宅する途中、スピードメーター及びフュエルメーターが故障して作動しないことに気づき、店舗に戻り、修理を依頼したが、当日修理できず、後日修理することとなり、一旦本件バイクを運転して帰宅したところ、転倒して負傷した事案で、バイクの売買契約上、保証なしとされており、事業者は瑕疵担保責任を負わない旨の特約が付されていたものの、消費者契約法により無効となり、消費者は契約解除して売買代金を返還してもらえると判示されている事例があります(神戸地判平成28年6月1日交通事故民事裁判例集49巻3号709頁)。
なお、中古車の走行距離が実際には8倍だった事案も、無効と判断されたようです(近江法律事務所様による裁判例の紹介記事)。
但し、以下の場合には無効になりません。
1)ちゃんと直したり取り替えたりするか、減額する旨が取り決められているとき(8条2項1号)
2)ファイナンスリースなどで、他事業者が代わりに責任を負う場合(8条2項2号)*2
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(7)軽過失による損害賠償責任の一部免除で、軽過失時に適用される旨明らかにしていないもの
前置きが長くなりましたが、これが今回の法改正で加わった無効です。
(無効例)当社の損害賠償責任は、法律上許容される限り、1万円を限度とする(水町が考えた例)
(無効例)法律上許される限り賠償限度額を〇万円とする(下記報告書記載例)
このような条項はサルベージ条項(ある条項が強行法規に反し全部無効となる場合に、その条項の効力を強行法規によって無効とされない範囲に限定する趣旨の契約条項)というようです。今回の法改正で無効になりますが、外国語の規約を翻訳した利用規約などでよく見るように思います。
こういう条項は、今回の法改正を踏まえて、以下のように修正する必要があります(「消費者契約に関する検討会」報告書P19)。
(修正例)当社の損害賠償責任は、当社に故意または重大な過失がある場合を除き、顧客から受領した本サービスの手数料の総額を上限とする。
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(8)その他感想
あと、システム関係の利用規約で思った点ですが、システムの停止を行う場合に、事業者側の故意・重過失時以外についての責任を定めようとした場合、そもそもこの場合、システムが勝手にダウンしてしまったわけではなく、事業者がシステムをダウンさせた場合、事業者側は故意ではないかと思うんですよね。そうすると、セキュリティ確保できない際に事業者が自発的にシステム停止したとして、その間消費者がシステムを使えなかった場合は、事業者の故意があるように思い*3。利用規約の作りとしては、事業者側の「故意・重過失」ではなく「帰責事由」という表現ぶりにすれば、故意の有無ではなく、システムを停止したことについて事業者側の責めに帰すべき事由があるかっていう風に解釈できますかねえ。いろいろ考えると、システム関係の利用規約って、奥が深いなあと思います。
〇消費者契約法8条1項
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
二 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
3.裁判例から見る利用規約の免責規定
(1)事業者判断による抽象的な会員停止要件とその免責が無効とされた例
A利用規約の修正を適格消費者団体が求めて認容された事案(さいたま地判令和2年2月5日判時2458号84頁、控訴審は、東京高判令和2年11月5日消費者法ニュース127号190頁)をご紹介したいと思います。
この裁判例では、以下の条項について判示されています。
(会員規約の違反等について)
1.A会員が以下の各号に該当した場合、A社は、A社の定める期間、本サービスの利用を認めないこと、又は、A会員の会員資格を取り消すことができるものとします。ただし、この場合も当社が受領した料金を返還しません。
a 登録内容に虚偽や不正があった場合
b 本サービスを利用せずに1年以上が経過した場合
c 他会員に不当に迷惑をかけたとA社が判断した場合
d本規約に違反した場合
e その他、A会員として不適切であるとA社が判断した場合
2.略
3.A社の措置によりA会員に損害が生じても、A社は、一切損害を賠償しません。
裁判例では、
「c 他会員に不当に迷惑をかけたとA社が判断した場合」では、客観的な意味内容を抽出しがたいものであり、その該当性を肯定する根拠となり得る事情や、それに当たるとされる例が規約中に置かれていないことと相まって、「とA社が判断した場合」の「判断」の意味は著しく明確性を欠くとされました。
「e その他、A会員として不適切であるとA社が判断した場合」も不明確とされました。
他社の利用規約では「合理的な理由に基づく判断」または「合理的な判断」を行う旨の文言を示しているものがあったり、それらは示されていなくても例示が多数挙げられているものも見受けられるとも述べられています。
そして、「3.A社の措置によりA会員に損害が生じても、A社は、一切損害を賠償しません。」は、消費者契約法8条1項1・3号前段に該当すると判示されました。
携帯電話及びパスワードの管理不十分、使用上の過誤、第三者の使用等による損害の責任はA会員(=消費者)が負うものとし、A社は一切の責任を負いません。
このような条項はどうでしょうか。消費者がスマホやパスワードを落としたり、他人に使わせた場合は、事業者側は悪くない場合が非常に多く、事業者側に責任を問える場合は極めて少ないのではないかと思いますが、適格消費者団体よりA社が消費者契約法8条1項等に違反するのではないかと問い合わせたところ、A社が以下の修正を加えたということが、さいたま地判令和2年2月5日判時2458号84頁に記載されていました*4。
携帯電話及びパスワードの管理不十分、使用上の過誤、第三者の使用等による損害の責任は、A会員(=消費者)が負うものとし、A社の責めに帰すべき事由による場合を除き、A社は一切の責任を負いません。
もっとも、これ、A社側が修正したので、裁判所がこのような条項が消費者契約法8条1項で無効と判示したわけではありません。
やっぱり実務対応を考えると、強気に言い切るのはやめて、言葉足らずもやめて、丁寧に書けっていうことなんだと思います。それは消費者契約法3条1項1号からもそうなんですが、そうはいっても世の中の利用規約って、大体言い切り型が多いと思うんですよね。そんな中、ドラフターにどこまでの裁量があるかというと厳しい部分もありますし、別の裁判例を見ると事業者側にはクレーム対策などの意味もある?といったような推測もありますが、利用規約を作るときは留意すべきと心に留めたいと思います。
(2)不正アクセスによるシステム停止による免責規定が有効とされた例
東京地判平成31年2月4日金融法務事情2128号88頁です。
ハッキングその他の方法によりその資産が盗難された場合、各顧客に事前に通知することなく、当社は本件サービスの全部又は一部の提供を停止又は中断することができる。同措置による各顧客の損害について、当社は責任を負わない。
不正アクセスにより仮想通貨が不正に外部送金され、顧客に事前に通告することなく、サーバを外部から遮断して、入出金・売買等を停止した事案で、再開まで1か月超かかったため、顧客側(=消費者)は価格変動リスクをすべて負わなければならないので、消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)で無効と顧客側から主張されましたが、
裁判所は、
顧客が負担する価格変動リスクと比較しても、会社側がサービス提供を継続する場合に生じうるさらなる資産の盗難等などといったより大きなリスクを避け、顧客の利益が損なわれることを防止する趣旨で、消費者である顧客の利益を著しく不当に害するものではなく、10条に該当するものではないと判断しました。
(3)消費者側の携帯電話紛失による事業者軽過失免責が無効とされた高裁裁判例
東京高判平成29年1月18日判例時報2356号121頁です。
B社は、登録会員が本件電子マネーの発行を申し込む際にパスワードとして入力した英数字の配列情報とあらかじめ付与又は登録されているパスワードとの一致を確認することにより、本件電子マネーの発行申込者が登録会員であることを確認し、登録会員がB社所定の方法に従い入力した発行申込額その他の事項を内容とする本件電子マネー発行の申込みがB社に対してなされたものと取り扱う。
似たような条項として、最判平成5年7月19日判時1489号111頁では、
銀行のATMで不正払戻しがあっても、真正なキャッシュカードが使用され、正しい暗証番号が入力されていた場合には、銀行による暗証番号の管理が不十分であったなど特段の事情がない限り、ATMによりキャッシュカードと暗証番号を確認して預金の払戻しをした場合には責任を負わない旨の免責約款が無効とならず、銀行は免責される旨の判示がありました。
登録会員によるパスワードの管理又は誤用に関連又は起因して生じた登録会員の損害(第三者によるパスワードの使用に関連又は起因する損害を含む。)は、当該登録会員自身が負担するものとし、B社はいかなる責任も負わない。ただし、B社は、第三者によるパスワードの不正使用がB社の故意又は重過失に起因する場合に限り、当該不正使用に起因して生じた登録会員の損害を賠償する。
登録携帯電話の紛失、盗難その他の事由により登録携帯電話に記録された未使用の本件電子マネーが紛失し、又は第三者に不正使用されたことにより損害が生じた場合であっても、B社の故意又は重過失による場合を除き、B社はその責任を負わない。
携帯電話を利用してクレジットカードで電子マネーを購入していた消費者が、携帯電話を紛失したところ、携帯電話から電子マネーを三百万円弱不正購入されて、発行会社に対し損害賠償を請求した事案。
裁判所の判示は以下の通り。
・登録携帯電話の画面ロック機能のほか、パスワードによって、その安全性が確保されているものといえるが、これらによる安全性の確保に全く問題がないとまではいえず、登録携帯電話の紛失等に伴い第三者が本件サービスを不正に利用するおそれが皆無とはいえないことは十分に想定し得るところ。
・本件サービスは、登録携帯電話について携帯電話事業者との通信サービス契約を停止又は解除しても利用することができないことはなく、B社は、そのことを認識していたと認められる。他方、携帯電話は、携帯電話事業者が提供する通信サービスを利用することを前提に、新たな機能の追加、データの更新等が可能となるとの認識が一般的であるといえるのであり、本件サービスにおけるチャージについても、同様の認識が一般的であると推認されるのであるから、登録会員の中に、登録携帯電話の紛失等が生じても、上記通信サービスの利用を停止すれば、少なくとも新たにチャージがされることはないと考える者が現れ得ることは、特に想定として困難であるとはいえない。
・こうした事情に加え、本件サービスの技術的専門性をも考慮すれば、本件サービスを提供するB社においては、登録携帯電話の紛失等が生じた場合に、本件サービスの不正利用を防止するため、登録会員がとるべき措置について適切に約款等で規定し、これを周知する注意義務があると認めるのが相当である。
・B社への通知について、特段の規定も周知もされていないなどから、B社には注意義務の違反がある。
・利用規約各条項は、軽過失による不法行為責任を全部免除しているものであり、消費者契約法8条1項3号に当たる。
※一審は「第三者によるパスワードの使用がB社の故意又は重過失に起因する場合のB社の損害賠償義務を定めており、B社の不法行為責任の全部を免除するものではないため、消費者契約法第八条一項三号の適用はない」としていた。
※高裁判断は、消費者庁逐条解説よりも、そして一審よりも厳しい。消費者庁逐条解説や一審だと、「故意・重過失時に責任を認め、軽過失時の免責について定めていれば、全部免責ではなく規定は無効ではない」と判断しているように読めるが、高裁は「故意・重過失時に責任を認めていたとしても、軽過失時に全部免責する定めだから規定は無効」と判断しているように読める。
(参照:村千鶴子「スポーツクラブ会則に定める免責条項」消費者判例百選107頁は高裁判断を肯定的にとらえ、青木浩子「電子マネー不正使用金返還請求事件」NBL25-26頁は高裁判断を否定的にとらえているように見える。)
(4)システム障害による事業者免責が限定解釈された例
東京地判平成20年7月16日金融法務事情1871号51頁です。近江法律事務所様においてわかりやすくまとめていただいている裁判例です。
「通信機器および通信回線の障害等、不測の事態により取引が制限されるリスクがあります。」
「ヘッジ先とのカバー取引が不可能または制限されることにより、お客様と当社の取引も不可能もしくは制限される可能性があります。」
「次に掲げる損害については、当社は免責されるものとします。
・当社のコンピューターシステム、ソフトウェアの故障、誤作動、市場関係者や第3者が提供するシステム、オンライン、ソフトウェアの故障や誤作動等と取引に関係する一切のコンピュータのハードウェア、ソフトウェア、システム及びオンラインの故障や誤作動により生じた損害
…」
上記規定は、消費者契約法8条1項1・3号に照らせば、コンピュータシステム、通信機器等の障害により顧客(=消費者)に生じた損害のうち、真に予測不可能な障害や被告の影響力の及ぶ範囲の外で発生した障害といった事業者に帰責性の認められない事態によって顧客に生じた損害について、事業者が損害賠償の責任を負わない旨を規定したものと解するほかはなく、事業者とヘッジ先とのカバー取引が事業者の責に帰すべき事由により成立しない場合にまで、顧客と事業者との売買が成立しないことについて事業者を免責する規定であるとは解し得ないと判断され、事業者は免責されませんでした。
(5)スポーツクラブによる事業者軽過失免責が限定解釈された例
東京地判平成9年2月13日判時1627号129頁です。消費者法判例百選43。
「本クラブの利用に際して、会員本人又は第三者に生じた人的・物的事故については、会社側に重過失がある場合を除き、会社は一切損害賠償の責を負わないものととする。」
スポーツクラブで滑るなどして負傷した消費者による損害賠償請求の事案で、事業者側の軽過失時の免責は認められなかった。
裁判所の判示は次の通り。
・条項を解釈する必要がある場合には、個々具体的な契約当事者の立場から入会に際しての個別具体的な事情を考慮したり、あるいはあたかも法令の解釈に当たって立法者の意思をしんしゃくするように作成者である被告の意思をしんしゃくして当該条項を解釈すべきではなく、一般的、平均的な入会申込者ないし会員にとって予期可能であり、かつ、合理的に理解することができる内容のものとして客観的、画一的に当該条項を解釈すべきである。合理性を備えていないときには、当該条項は会員に対する法的効力を有しないものと解するのが相当。
・一般的、平均的な入会申込者ないし会員にとって予期可能であり、かつ、合理的に理解することができる内容のものとしては、スポーツ活動には危険が伴うから、会員自ら健康管理に留意し、体調不良のときには参加しないようにすべきであること、あるいは本件施設に現金、貴重品を持ち込まないようにすべきであり、持ち込むときには自らの責任において管理すべきであること、したがって、会員自らの判断によりスポーツ活動を行い、あるいは本件施設に現金、貴重品を持ち込んだ結果、身体に不調を来し、あるいは盗難事故に遭ったときには、被告に故意又は重過失のある場合を除き、被告には責任がないこと、以上のように理解するものと考えることができる。
・本件施設の設置又は保存の瑕疵により事故が発生した場合の被告の損害賠償責任は、スポーツ施設を利用する者の自己責任に帰する領域のものではなく、もともと被告の故意又は過失を責任原因とするものではないから、本件規定の対象外であることが明らかであるといわなければならない。
4.利用規約の免責規定-実務対応
利用規約の免責規定を実務対応としてどうするかは悩ましいですね。世の中の多くの利用規約は、対消費者であっても事業者免責をかなり強めに書いています。どうするべきか。最終的にはビジネス判断となるかと思いますが、このブログでは2パターンに分けて検討します。
(1)あるべき姿型
あるべき姿の免責規定を規定するパターン。
すなわち、民法に則って、故意・過失があれば事業者も消費者も責任を負うとするもの。
但し、消費者庁逐条解説に鑑み、事業者の提供すべきサービス(債務)の内容を明確化し、Webサービス等であれば24h365d稼働ではない旨、一時停止や仕様変更があり得る旨を明記することが考えられます。
また、軽過失時の損害賠償範囲の制限は消費者契約法上も東京高判平成29年1月18日判例時報2356号121頁(上記3(3))でも認められるため、損害賠償上限額を定めるか、損害賠償範囲から逸失利益等を除くといった対応をすることも考えられるでしょう。
(2)ストロング型
ストロングスタイルに出るパターン。
軽過失免責が消費者契約法上無効となるかどうかについては、東京高判平成29年1月18日判例時報2356号121頁(上記3(3))では無効と判断されましたが、確立されたとまでいいうる判例ではないのではないか、そして判例評釈で批判的見解もあること、あとは他の裁判例では免責規定の限定解釈などもなされているので、無効であってもよいとビジネス判断し、軽過失免責を規定してしまうというストロングスタイルも考えられます。もっともっと強いストロングスタイルだと、故意・重過失時は免責規定の適用がないことすら規定していないパターンも見受けられなくはありませんが。
うーん、悩ましいですね。
※なお、これはあくまで対消費者向けの利用規約の問題であり、対事業者向けの利用規約には消費者契約法は適用されませんので、免責規定等についてもこのブログの限りではありません。
5.法改正関係資料
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「消費者契約法及び消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」(令和4年法律第59号)(消費者裁判手続特例法関係)
令和4年3月1日に国会提出、同年4月21日に衆議院可決、同年5月25日に参議院可決、成立 - 同改正に関する消費者庁概要説明資料
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/amendment/2022/assets/consumer_system_cms101_220613_01.pdf
- 法改正についての議論がまとまっている令和3年9月 「消費者契約に関する検討会」報告書
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials/assets/consumer_system_cms101_210910_01.pdf - 同報告書をまとめた消費者契約に関する検討会
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials/review_meeting_001/ - 改正法等
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/amendment/2022/ - 新旧
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/amendment/2022/assets/consumer_system_cms101_220613_04.pdf
*1:定型約款の前提たる定型取引に該当するためには、内容の全部又は一部が画一的であることがその”双方”にとって合理的なものでなければなりません(民法548条の2第1項)。
Web上のサービス条件については、確かに定型取引に該当することが多いと思われますが、そのサービスで取り扱われる個人情報の取扱い方などは、特に本人同意を根拠としているような場合で定型約款で消費者側の同意内容を一律で規定しているようなもののときに、内容が画一的であることが消費者側にとっても合理的なのかどうか、疑わしい場合もそれなりにあり、定型約款に該当するか否かは疑わしい部分があると思います。
*2:かなり適当な説明になってしまったので、条文を特によく確認する必要があります。
*3:消費者庁逐条解説には「『故意』とは、自己の行為から一定の結果が生じることを知りながらあえてその行為をすることを意味する。」という記載があります。ただこの故意については、消費者庁逐条よりも凡例・基本書を参照すべきだとは思いますが。
*4:A社の修正後利用規約に当たった正確な記載ではなく、意訳というか適当なまとめ方ですので、必ず原典に当たってくださいますようお願いいたします。