ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

派遣労働者から個人情報保護の誓約書を取得することに関する議論

※個人的なメモであり、私自身の考えとしても、まだ結論が出ていません。あくまで、現時点での個人的メモとして書いていますので、ご注意ください。

 

 

1.前提:個人情報保護意識の共有

個人情報保護を行うためには、実際に個人情報を取り扱う人の意識を向上させることがとても重要です。

今の仕事の現場では、無期雇用の正社員だけではなく、有期雇用者、派遣社員など、さまざまな契約形態・立場の人たちがいます。無期雇用の正社員だけで、中途採用も少ない職場だと、職場の教育を受けて、また職場の感覚を受けて、個人情報保護意識がある程度、社員の間でも均一化するというか、同じ意識を大体持てるかもしれませんが、無期雇用でも中途採用者だったり、有期雇用者、派遣社員の場合、前職その他での個人情報保護の意識が、今の仕事の無期雇用の正社員とは異なる場合があります。

そのため、どのような研修・教育を受けてきたものであっても、個人情報保護意識が薄いものであっても、ITリテラシーが十分なものから不十分なものまで、その仕事で個人情報を取り扱っている人たちには、総じてみんな、きちんと個人情報保護の意識を持ってもらうことが必要です。

そのためには、規程類の整備ももちろん必要ではありますが、実際に日々の仕事の中で何に注意すべきかというわかりやすいチェックリストや意識づけ、研修・教育の整備などが重要になってきます。

例えば、「書類はシュレッダーで破棄する、ふせんや裏紙に個人情報をメモしない(した場合はシュレッダー破棄を徹底)」「仕事で知った個人情報、取引先情報、会社の情報その他の事項は、会社外で話したり、ネット上に書き込んだりしない」「業務外のWebサイトにアクセスしない(セキュリティリスク)」「私物スマホであっても、会社の無線LANを使って、信頼できないサイトにアクセスしない」など。

 

2.自社が求める個人情報保護レベルを派遣社員にも無期雇用にも認識してもらう重要性

 

では、個人情報保護のために派遣社員から誓約書を取得することはできるのでしょうか。

というか、派遣社員に対して、個人情報保護として、自社(派遣先)が求めているレベルをしっかり認識してもらうことは極めて重要です。だって、自社の個人情報を取り扱ってもらっているわけですから。そして会社ごとに個人情報保護として求めるレベルは違うわけです。

不動産会社や有名ホテルが芸能人の来店情報を書き込んだなどして批判を浴びたケースがありますが、不動産屋さんやホテルの接客者が無期雇用だろうが有期雇用だろうが派遣社員だろうが、来店する人からすれば関係なく、自分のプライバシー権を保護してほしいと期待するわけです。

有名ホテルのウェイター/ウェイトレスが勤務中に知った情報を書き込むのと、そのウェイター/ウエイトレスがプライベートの時間に電車に乗っていて芸能人に遭遇したことをネットに書き込むのでは、少し話が違います。

また、PMSは企業ごとに異なるわけであり、いくら派遣元(派遣会社)がPマークを取得していても、それはあくまで派遣会社の通常の個人情報(応募者の個人情報など)であって、派遣社員が派遣先で派遣会社のPMSに沿って個人情報を取り扱うわけではありません。

ということで、派遣先が、派遣社員に対して、個人情報保護として、自社(派遣先)が求めているレベルをしっかり認識してもらうことは重要であり、その方法として、教育・研修を充実させることのほか、業務上の注意事項などをまとめる、口頭で指導するなどがあると思います。

 

3.派遣社員から直接誓約書を取得することに関する議論

(1)派遣会社と派遣先でも機密保持契約?

しかし、この点、派遣社員から、派遣先が直接誓約書を取得することには議論があります。

派遣という考え方からくる筋道論としては、個人情報保護・機密保持のためには次のような方法をとるべきとされています。

  • 派遣会社が派遣社員から誓約書を取得するなどする
  • 派遣会社と派遣先とで機密保持契約等を交わす(派遣社員の個人情報漏えい等の責任は契約上派遣会社が負う)

しかし、この考え方を貫くと、派遣社員個々人からは、派遣先は誓約書を取得することができなくなってしまいます。漏洩時等の責任問題はちょっと置いておきますが(不法行為責任/契約責任)、派遣社員個々人から派遣先が誓約書を取得することは、派遣先の個人情報保護の期待レベルを理解してもらうという意味でも、重要だと思うのです。それは誓約書という名前・形態でなくても構いませんが、要は、派遣先としては、こういうことを重要だと思っていて、こういうことをやってほしくないと思っているということを派遣社員に伝え、それを派遣社員も理解したというサインをする。派遣社員にサインさせなくてもいいじゃないかという議論もあるかもしれませんが、ただ単に「個人情報保護の注意事項」の紙をもらうよりも、それを理解しましたというサインをしたほうが、より個々人にとって、重要事項であるとの認識が生まれるとも考えられます。まあ、サインをさせなくても単に「個人情報保護の注意事項」の紙を渡すだけでも、渡さないよりはずっと意味があるとは思います。

 

(2)経済産業省「情報セキュリティ関連法令の要求事項集」ほか

しかし、派遣社員から派遣元が誓約書を取得できるかどうかという点については、役所的には否定説を取るようです。

 

例えば平成21年の経済産業省「情報セキュリティ関連法令の要求事項集」74ページでは、次のような記載があります。

派遣先企業は秘密情報流出防止の目的で派遣社員の秘密漏えい防止の誓約書提出を義務付けることができるか。また、セキュリティ対策のための教育訓練を行うことができるか。


(1) 考え方
派遣労働者の秘密漏えい防止については、派遣元企業と派遣先企業との間の労働者派遣契約の中でそれを条件とするなど、労働者派遣契約の中で検討すべき事項である。
教育訓練に関しては、派遣労働者が派遣契約上負う職務を遂行する上で必要な範囲のものであれば、派遣先企業は当該派遣労働者に教育訓練を行うことは可能である。
(2) 説明
従業員は、労働契約に付随する義務として秘密保持義務を負っているしかし、派遣先企業と派遣労働者との間には労働契約が存在しないため、派遣先企業において派遣労働者に秘密保持義務を直接負わせることはできない派遣労働者守秘義務に関しては、あくまでも雇用関係のある派遣元企業と派遣労働者の間で義務付けがなされるべき事項である。
したがって、派遣労働者に秘密保持を義務付けるためには、基本的には派遣元との労働者派遣契約(労働者派遣法第 26 条)において、派遣元・派遣労働者間で派遣先の業務に関する秘密保持契約を締結させることを条件としておくことが考えられる。そして、派遣労働者が派遣元に対して誓約書の提出させること、その誓約書の写しを派遣先に提出することも派遣の条件としておくとよいであろう。また、派遣労働者が秘密を漏えいした場合には、派遣元が損害賠償額の支払の責任を負う旨などを定めておくなどの措置も考えられる。 

(中略)

派遣先は、派遣労働者の就業に際して、当該企業において秘密としている事項又は一般の従業員が負っている秘密保持の内容について、派遣労働者に周知すべきである。そして、秘密保持について教育訓練が必要になる場合には、派遣先企業はこれを実施することができる。派遣労働者は、派遣先企業の指揮命令下で使用されるため、派遣先企業で指揮命令を受けて職務を遂行する上で必要な教育訓練であれば、派遣先企業は当該派遣労働者に教育訓練を命ずることができるからである。このことについても、できるかぎり労働者派遣契約の中に明確化しておいた方がより適切であると思われる。

 

また同13-14ページでは、以下の記載があります。

③安全管理措置の実施と法令遵守の問題

(中略)

 ③の問題については、安全管理措置の実施に必要な措置を講ずることが、法令遵守のための対応でありながら他の法令に適合しない対応にならぬよう注意すべきである。具体的には、本人からの損害賠償請求に係る責務を安全管理措置に係る責任分担を無視して一方的に受託者に課すなど、優越的地位にある者が委託元の場合、委託先に不当な負担を課すこと(経済産業分野の個人情報保護ガイドライン 2-2-3-4.委託先の監督)、派遣労働者など雇用関係にない者との間で個人情報の取扱に係る契約を直接結ぶことや、誓約書において損害賠償額の予定や違約金を定めるなど労働基準法第 16 条に違反する場合等が挙げられる。

同要求事項集の、オフィシャル確定していない平成23年版も同様の記載でした。

 

また経済産業省「【参考資料】秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~」でも以下の記述がありました。

情報管理規程の例

(略)

第15条(秘密情報の開示を伴う契約等)
人材派遣会社、委託加工業者、請負業者等の第三者に対し、会社の業務に係る製造委託、業務委託等をする場合、又は、実施許諾、共同開発その他の秘密情報の開示を伴う取引等を行う場合、当該会社との契約において相手方に秘密保持義務を課すほか、秘密保持に十分留意するものとする。

(略)

(*1)自社に派遣されている派遣労働者や自社内において勤務する委託先の労働者については、自社との間に、雇用契約等直接の契約関係が存在しないので、第15条に例示したように、派遣元企業や委託先企業との間で、秘密保持契約等を締結し、派遣元企業や委託先企業を介して、自社における秘密情報の取扱いを遵守してもらう形になります。

 厚労省の、なんの資料かわかりませんが、検索でひっかかったPDFでも以下の記載がありました。

<主なトラブル例>-
○派遣先から、「守秘義務(機密事項漏洩禁止)に関する誓約書に、派遣労働者本人のサインや住所の記載がほしい」と言われた
-解説-
・ 機密情報保持契約は、基本的に、派遣先と派遣元事業者の間、及び派遣元事業者と派遣労働者の間で取り交わされるものです。派遣先の機密情報保持については、これらでカバーされます。
・ しかしながら、派遣先が、派遣労働者に対して直接、機密情報保持契約や機密情報保持誓約書への署名を求めるケースが見られます。なかには、派遣労働者に対し、住所や連絡先など個人情報の記載を求めるケースも見られます。
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就業規則等での対応>
就業規則の中に「守秘義務」や「機密情報保持」の規定を定め(例①、②)、さらに、「服務事項・禁止事項」や「懲戒基準」の条項において、機密情報保持規定の遵守を求めたり(「派遣先での勤務態度、服務規定の遵守」の項の例①、②参照)、違反した場合の罰則及び損害賠償義務を定めます。(例④)
・ 何が秘密(機密)情報に当たるかについては、できるだけ具体的に規定しておいたほうがトラブル防止に役立ちます。(例③)
<工夫している事業者の例>
派遣労働者からの相談を受け、派遣元事業者が派遣先に対して、そうしたことは不要であることを説明し、派遣先に理解を求めているという事業者が多いようです。
中には、派遣労働者に対し、住所や連絡先など個人情報の記載を求めたケースにおいて、はっきりとした態度で記載は認められないことを伝え、場合によっては、派遣の依頼を受けないこともある、という派遣元事業者の例があります。

 

一般社団法人日本人材派遣協会のWebサイトに以下の記述がありました。

 Q11 : 派遣労働者を受入れるに当たって、派遣労働者から直接に会社の企業情報保持・個人情報保持に関する誓約書を取りたいが、問題ないでしょうか。

A11  派遣労働者からの誓約書の提出については、派遣労働者と雇用関係にあるのは、派遣先ではなく、派遣元事業主であるかことから、派遣元事業主が派遣労働者から誓約書の提出を受け、その旨を派遣先に知らせ、派遣元事業主が派遣先に対して派遣労働者による企業情報保持・個人情報保持に関する責任を負うこととすることが望ましいものです。
 ただし、派遣先が派遣労働者から直接誓約書を取ることも、雇用関係とならないものであれば、労働者派遣法、職業安定法又は個人情報保護法に抵触することとなるものではありません。なお、この場合であっても、派遣先と派遣労働者との間には雇用関係がないことから、誓約書の提出に応じない派遣労働者に派遣先が懲戒処分を課すことはできず、また、必要以上に派遣労働者の個人情報を含む誓約書を求めることは適当ではありません。

 また弁護士川村和久先生のブログにも、大変参考になる見解が書かれていました。

kks-law.com

 
(3)現時点の考え方

派遣社員から取得するのが 誓約書なのか、それとも会社が考える個人情報保護の教育の一環(これが重要事項で理解しましたというサイン)なのかは、現実問題としては、グラデーションがあるようにも思います。派遣社員個人からの損害賠償額をあらかじめ定めておいたりしたら、それはダメでしょうが、そこまでいかないものは、現実的にはグラデーションがあると思います。もちろん派遣社員にだけ、教育という名目でサインさせたら問題ですが、それを全従業者にやっていたらどうか、派遣社員しか社員がいない会社で全派遣社員にそれをやっていたらどうかというと、教育の一環といえるのではないか。

またはそもそも派遣会社と機密保持をするという構成が、現在の個人情報保護・機密保持の環境と合致しているのかというのは、議論になるかと思います。やはり個人情報を実際に取り扱う人の意識が非常に重要になってきますので。

 

もう少し自分の中の考え方を深めてから、また機会があればこの件も、意見表明したいと思います。