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弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

国・自治体の契約における契約書の意義(契約成立・効力要件)

国・自治体の契約における契約書の意義についてのメモです。

通常、一般的な契約は、契約書の作成が必須のものではない。契約は意思の合致により成立するものであり、口頭等でも有効に成立する。
国や自治体が契約当事者である場合はどうかに関するメモ。


まず、国や自治体という公的存在であっても、私契約の成立は、民法に従う。これが大前提である。
しかし、会計法29条の8では次の規定がある(特則)。

第二十九条の八  契約担当官等は、競争により落札者を決定したとき、又は随意契約の相手方を決定したときは、政令の定めるところにより、契約の目的、契約金額、履行期限、契約保証金に関する事項その他必要な事項を記載した契約書を作成しなければならない。ただし、政令で定める場合においては、これを省略することができる。
2  前項の規定により契約書を作成する場合においては、契約担当官等が契約の相手方とともに契約書に記名押印しなければ、当該契約は、確定しないものとする。


また、地方自治法234条5項では次の規定がなされている(特則)。

普通地方公共団体が契約につき契約書又は契約内容を記録した電磁的記録を作成する場合においては、当該普通地方公共団体の長又はその委任を受けた者が契約の相手方とともに、契約書に記名押印し、又は契約内容を記録した電磁的記録に当該普通地方公共団体の長若しくはその委任を受けた者及び契約の相手方の作成に係るものであることを示すために講ずる措置であつて、当該電磁的記録が改変されているかどうかを確認することができる等これらの者の作成に係るものであることを確実に示すことができるものとして総務省令で定めるものを講じなければ、当該契約は、確定しないものとする。

(注)地方自治法292条で一組、広域連合についても同様。
地方公共団体の組合については、法律又はこれに基づく政令に特別の定めがあるものを除くほか、都道府県の加入するものにあつては都道府県に関する規定、市及び特別区の加入するもので都道府県の加入しないものにあつては市に関する規定、その他のものにあつては町村に関する規定を準用する。


これらをどう考えるべきか。

立法経緯は次のとおりである。
大審院判例(明治34年5月31日民録7−5−157、大正11年12月27日民集1−844、昭和9年3月1日民集13−170)では、入札の公告を契約の申込みと解し、入札を承諾と解して、開札のときに契約が成立するものとしており、契約書の作成は単なる証拠の作成にすぎないとしていた(自治体契約研究会「詳解 地方公共団体の契約 改訂版」(平成25年、ぎょうせい))。

しかし、昭和35年5月24日最高裁判例(昭和28年(オ)515号)で「国が当事者となり、売買等の契約を競争入札の方法によつて締結する場合に落札者があつたときは、国および落札者は、互に相手方に対し契約を結ぶ義務を負うにいたるのであり、この段階では予約が成立したにとどまり本契約はいまだ成立せず、本契約は、契約書の作成によりはじめて成立すると解すべきである。」と判示された。

これを受け昭和36年会計法の一部改正で上記会計法29条の8第2項が、昭和38年改正によって上記地方自治法234条5項の前身(電磁的方法は平成14年改正)が規定されるに至った。

この点、通説は、契約は意思の合致により成立し、契約書を作成する場合は、記名押印等したときをもって効力が発生する(契約の効力発生要件、段階的成立説)と解する(有川博「官公庁契約法精義2016」(平成28年、全国官報販売協同組合)573−576ページ、碓井光明「公共契約法精義」(平成17年、信山社)418−420ページ)。
少数説は、契約書に記名押印等した日が契約の成立時期であるとするものである(松本英昭「新版 逐条解説地方自治法<第8次改訂版>」(平成27年、学陽書房)924ページ)。

条文上、「確定」という言葉が使われていること、立法経緯、民法上の原則を踏まえると、通説が妥当であると考える。停止条件的な感じ*1

以下、余談。
昭和35年判決は落札の際の話であり、全般的に落札の際の検討がなされている。随意契約の場合は、論点にはなっていない。
あと今回調べてみて、世の中にはいろんな本があると思った。「官公庁契約法精義」って、ものすごい書名だ。私も「マイナンバー法精義」でも出版しようかな。「官公庁契約法精義2016」の著者は会計検査院局長、「新版 逐条解説地方自治法<第8次改訂版>の著者は自治省事務次官。私は、暇な時に、IT調達を改善する方法を検討しようと思っているので、公共調達の調査にこのすごい書名の本を読むと良さそうに思った。会計検査院は執筆する機会があまりないのか、ぎょうせいや学陽書房さんは出してくれなかったのかな。だから全国官報販売協同組合なのか?大蔵省も結構執筆の機会がないよなと思う。金融庁は超絶に多くて、出版社的にはきんざいさんかしら?裁判所の破産もきんざいさんのイメージ。地方自治法の逐条解説はすごい分量で、これ維持するのライフワーク的な感じ。私もライフワークで逐条解説マイナンバー法を維持し続けようかな。学陽書房さんもすさまじい本を出しているなと思った。本当に余談でした。

*1:契約は、一方が申込み、他方が承諾することで成立します(日常的な例だと、コンビニでおにぎりが値札と共に置いてあると、これはコンビニからお客さんに対する売買契約の申込みです。お客さんはそれを手にとってレジに行くことで、売買契約の承諾をしています。これで売買契約が成立します。)。通常の契約は成立と同時に効力が発生しますが、そうでない場合もあり、今回はそうでない場合に当たります。例えば、「司法試験に合格したら100万円あげる」という贈与契約や、「A社が国の事業を落札できたら、A社の子会社に再委託します」という委託契約の場合、条件が付いています。この場合でも、申込(贈与します)と承諾(贈与を受けます)によって、契約自体は成立していますが、条件が満たされないと、契約の効力は発生しません(贈与は受けられません)(民法127条1項)。司法試験に合格しなかったら100万円もらえないし、A社が落札できなければ子会社への委託も行われません。今回の契約書への記名押印等は、この条件(停止条件)的なものと理解することができます。口頭やメールでの合意の時点で契約は有効に成立していますが、その後契約書への記名押印等が行われなければ、契約の効力は失われてしまいます。なお、これと「予約」は異なる概念です。予約の場合は、「100万円あげたい。100万円が必要なときがきたら、言ってくれたらあげる(予約完結権をあなたに与える)」というようなものです。この場合、贈与を受ける人が「100万円が必要なのでください」というまでは契約は成立していないと解することができます。但し、贈与を受ける人が「100万円ください」という(予約完結権を行使する)ことで、贈与する側の承諾を受けることなく、贈与契約が成立します。これら二つ(条件と予約)の違いは実務上はあまり実益はありません。二つとも実態上は、結局、条件が満たされないと契約のメリットを受けられないので、二つの区別はあまり意味がありません。ただ、法概念としては、二つは区別されています。停止条件の場合、両当事者共に契約に拘束されます。途中で「やめた」というには、契約や民法上解除できる場合に当たらなければなりません。予約の場合、予約完結権を有している側が予約完結権を行使しなければ、両当事者共に契約に拘束されることはありません。特に予約完結権を有している側は途中で「やめた」と気軽に言うことができます。やめること(予約完結権を行使しないこと)について、制約がほぼないという状態と考えることができます。