ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

マイナンバーをめぐるよくある誤解とその原因

マイナンバーをめぐるよくある誤解とその原因について、今執筆中の逐条解説書に書いているので、一部ブログにコピペしたいと思います。


●●●よくある誤解

 番号制度をめぐってよくある誤解は、①個人番号が漏えいしたら、知られたくない情報がなんでもわかってしまう、②特定個人情報を漏えいしたり誤取得したら罰則が適用される、③個人番号利用事務等の委託にさえ当たらなければ法的リスクはない、④番号制度=カード、カードが手元に来ないが大丈夫か、⑤行政効率化といっても、ただ単に国が楽をしたいだけではないか、⑥利便性が向上するはずなのに、一向に生活が便利にならないではないか、⑦番号制度は増税への布石である、といったところであろうか。

①③は書籍・ブログでも解説しているので割愛する。
 ②の罰則をめぐる誤解の原因の一つには、番号制度については「罰則が強化された」という報道がよくなされることが挙げられるだろう。政府としては、「安心・安全な番号制度のために、悪質な行為に対して罰則を強化したので、安心ですよ」ということを言いたいために、そのような説明資料を多数作成しているのであるが、報道を聞いた方としては、「自分も逮捕されてしまうのでは」という不安を生じさせるようである。しかし、法制上は、当然、明文規定のない処罰はありえないので、法律上に明記されている行為だけが処罰されることになり、これは悪質な行為に限られており、通常の社会人が業務遂行する際に行いうる行為ではないと考えられる。

 ④のカードをめぐる誤解についてだが、平成27年の個人番号の付番開始当初のマスコミ報道を見ていると、「番号制度=カード」という構図で説明されることが多かった。カードはあくまで制度の一つであり、番号制度の主眼は、国版お客様番号のようなものである。お客様登録カードがなくてもお客様番号があれば業務処理ができるように、マイナンバーカードや通知カードがなくても個人番号にによって業務処理を行う。「制度=カード」という誤解は、住基ネットでも生じている。カードが手元に来るものとして、身近に捉えられやすいからだろうか。

 ⑤の行政効率化をめぐる誤解だが、これは「行政効率化」という語感から、国が楽をしたいだけではないかという誤解が生まれたのではないか。お客様番号を導入している企業に対し、「消費者を無視し、企業が楽をしたいだけではないか」という声はあまり多く届いていないように思う。

 ⑥利便性向上をめぐる誤解だが、これは政府資料でも報道でも、「番号制度で国民の利便性向上を図る」と、さんざん言われたことによるのだろう。しかし、番号制度はあくまでインフラであり、生活に劇的な利便をもたらすものではない。個人番号はいわば基礎年金番号をレベルアップしたものであり、基礎年金番号が生活に劇的な利便をもたらさないのと同じである。個人番号をより身近なもので例えるならば、ファミリーレスと蘭や居酒屋等の飲食店が店員に注文を暗記させたり手書きで伝票を書かせたりするのではなく、手持ち端末で注文を入力させるようにした場合の効果に近いともいえるだろう。来店した客にとっては、劇的な便利さはないが、注文ミスが減り、調理場との連携が効率化・迅速化し、調理・会計処理等が迅速化することで、飲食店にとっても店員にとっても客にとっても便利である。

 ⑦増税をめぐる誤解だが、番号制度は現行税制のままで、不正を是正する効果を見込んで導入された制度であって、増税のための制度ではない。それは番号制度の前身であるグリーン・カード、納税者番号制度でも同様であろう。消費税増税、財政難といった時代と重なって導入された制度であるために生まれた誤解であろうか。政府資料ではこの点、「公平・公正な社会の実現」と抽象的に目的を記載しており、脱税等の不正是正と具体的に記載していないために、ますます誤解が大きくなったとも考えられる。


●●●政府広報と一般の受け止め方の乖離 
 では、なぜこのような誤解が生じてしまうのだろうか。霞ヶ関で勤務してみた感じたのは、霞ヶ関では世論を操作しようとか、暗躍しようという人はほぼ存在せず、大多数の公務員はまじめに勤務している。しかし霞ヶ関独特の文化があり、行政文書は、読み手を理解させるというよりも、これまでの慣行通りに記述することにどちらかというと注力されがちである。仮に、企業が新商品企画をする際に、企画書の読み手を意識せず、社内慣行に沿ったものとすることに注力していては、市場に商品価値を理解してもらえない可能性がある。霞ヶ関でも、読み手を意識した文書作りが必要であろう。

 そこで、筆者が感じたのは、マーケティング手法を国へ導入してはどうかということである。企業が新商品開発したりする際に一般モニターの声を聴取したりすることがあるが、政府広報でも、政府資料を読んでどう感じたか、どう伝わっているかを調査して、より誤解のない表現、わかりやすい表現に改善していくとよいのではないかと思う。政府広報は広告会社が落札する場合も多く、広告会社にはそのノウハウがあるのではないだろうか。また地方公共団体の一部では、市政モニターなどの制度を行っているところもあろう。

 また、政府だと新聞記者、TV局に政策を説明する機会も多く、「記者ブリ」「記者レク」「論説懇」などと呼ばれている。しかし、筆者から見ると、政府広報・政府説明は、記者にすら意味があまり伝わっていないように感じる。記者や一般人が、政府広報・政府説明を読んで、どういう風に感じるのか、どういう点に疑問を感じるのか、どう誤解が生じるのかを、もっと丁寧に検討していくことが望まれる。