ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

法定金額以下の支払の場合にマイナンバーを取得できるか

今日は、法定金額以下の支払の場合にマイナンバーを取得できるかについて、考えたいと思います。

年間で5万円以下の報酬を支払う講演講師、原稿執筆者、弁護士に対して、会社や地方公共団体マイナンバーの提供を求めることは可能でしょうか。

私の結論としては、

  • 5万円以下ということが明らかな場合には、求めることはできない
  • 5万円以下ということが明らかでない場合には、求めることはできる


以下、論点と考え方です。
一 論点

  • 支払調書を税務署に提出する必要がないのにもかかわらず、執筆者・講演者・弁護士にマイナンバーを要求できるのか
  • 支払調書提出義務の5万とは税込みか税別か


二 考え方
1.マイナンバーを収集したり提供を求めたりできる場合とは?
マイナンバーを収集したり、提供を求めたりできる場合は、番号法上限定されています。
番号法19条に該当する場合でないと、提供を求めたり収集できないよ、と規定されています。

番号法
(提供の求めの制限)
第十五条  何人も、第十九条各号のいずれかに該当して特定個人情報の提供を受けることができる場合を除き、他人(自己と同一の世帯に属する者以外の者をいう。第二十条において同じ。)に対し、個人番号の提供を求めてはならない。

(収集等の制限)
第二十条  何人も、前条各号のいずれかに該当する場合を除き、特定個人情報(他人の個人番号を含むものに限る。)を収集し、又は保管してはならない。

では、番号法19条に該当する場合とは、どのような場合でしょうか。いろいろありますが、今回は、「原稿料・講演料・弁護士報酬を支払っている人が税務手続のためにマイナンバーを利用する場合」ですので、それに関連する場合のみピックアップしたいと思います。

番号法
(特定個人情報の提供の制限)
第十九条  何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、特定個人情報の提供をしてはならない。
三  本人又はその代理人が個人番号利用事務等実施者に対し、当該本人の個人番号を含む特定個人情報を提供するとき。

番号法15条・20条・19条3号により、「本人又はその代理人が個人番号関係事務実施者に対し当該本人の個人番号を含む特定個人情報を提供するとき」に該当する場合は、個人番号関係事務実施者はマイナンバーを要求したり収集できます。

ここにいう「個人番号利用事務等実施者」とは、この場合、個人番号関係事務を処理する人をいいます。

そして「個人番号関係事務」とは、番号法第九条第三項の規定により個人番号利用事務に関して行われる他人の個人番号を必要な限度で利用して行う事務をいいます。

つまり、個人番号関係事務のためであれば、番号法15条・20条・19条3号に基づき、会社や行政機関、地方公共団体は、原稿料・講演料・弁護士報酬を支払うに際し支払調書を税務当局に提出するために、執筆者・講演者・弁護士にマイナンバーを出してくれといったり、実際にもらうことができます。
会社など法定調書を提出する義務があるところは、通常「個人番号関係事務実施者」に該当しますが、一度それに該当すれば、誰からでもマイナンバーを取集できるわけではありません。当該本人との関係において、個人番号関係事務実施者に該当する場合に、収集することができます。


2.税務署に支払調書を提出不要な場合でもマイナンバーを要求できるのか?
しかし、問題があります。支払調書を税務署に提出する必要がないのにもかかわらず、執筆者・講演者・弁護士にマイナンバーを要求する行為は、個人番号関係事務のために必要なことなのでしょうか。
マイナンバーは税務分野では、税務当局に出す資料に記載することになるわけですが、税務当局には何から何まで提出するわけではなくて、書類の提出義務が定まっているかと思います。

その際、原稿料、講演料、弁護士報酬であれば、年間5万以下の場合は、税務署には法定調書を提出する必要がありません。
所得税法204条1項1号2号で源泉徴収義務が、225条1項3号で支払調書の提出義務が課され、調書の記載事項は所得税法施行規則84条1項に規定されていますが、所得税法施行規則84条2項4号で支払金額が五万円以下である場合は、調書の提出が不要とされているためです。

所得税法
源泉徴収義務
第二百四条  居住者に対し国内において次に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金の支払をする者は、その支払の際、その報酬若しくは料金、契約金又は賞金について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない
一  原稿、さし絵、作曲、レコード吹込み又はデザインの報酬、放送謝金、著作権著作隣接権を含む。)又は工業所有権の使用料及び講演料並びにこれらに類するもので政令で定める報酬又は料金
二  弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、司法書士土地家屋調査士公認会計士、税理士、社会保険労務士弁理士海事代理士測量士建築士不動産鑑定士技術士その他これらに類する者で政令で定めるものの業務に関する報酬又は料金

支払調書及び支払通知書)
第二百二十五条  次の各号に掲げる者は、財務省令で定めるところにより、当該各号に規定する支払(第十号及び第十一号に規定する交付並びに第十三号に規定する差金等決済を含む。)に関する調書を、その支払(当該交付及び当該差金等決済を含む。)の確定した日(第一号又は第八号に規定する支払に関する調書のうち無記名の公社債の利子又は無記名の貸付信託、公社債投資信託若しくは公募公社債等運用投資信託の受益証券に係る収益の分配に関するもの及び第二号又は第八号に規定する支払に関する調書のうち無記名株式等の剰余金の配当(第二十四条第一項(配当所得)に規定する剰余金の配当をいう。)又は無記名の投資信託(公社債投資信託及び公募公社債等運用投資信託を除く。)若しくは特定受益証券発行信託の受益証券に係る収益の分配に関するものについては、その支払をした日。以下この項において同じ。)の属する年の翌年一月三十一日まで(第二号に規定する支払に関する調書並びに第八号に規定する支払に関する調書のうち第二号に規定する配当等及び第百六十一条第一号の二(国内源泉所得)に掲げる国内源泉所得に関するものについてはその支払の確定した日から一月以内とし、第十四号に規定する支払に関する調書についてはその支払の確定した日の属する月の翌月末日までとする。)に、税務署長に提出しなければならない
三  居住者又は内国法人に対し国内において第二百四条第一項各号(報酬、料金等に係る源泉徴収義務)に掲げる報酬、料金、契約金若しくは賞金、第二百九条の二(定期積金の給付補てん金等に係る源泉徴収義務)に規定する給付補てん金、利息、利益若しくは差益又は第二百十条匿名組合契約等の利益の分配に係る源泉徴収義務)に規定する利益の分配につき支払をする者

所得税法施行規則
(報酬、料金等の支払調書)
第八十四条  居住者又は内国法人に対し国内において法第二百四条第一項各号(報酬、料金等に係る源泉徴収義務)に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金(法第二百四条第二項各号に掲げるものを除く。以下この条において「報酬等」という。)の支払をする者は、法第二百二十五条第一項第三号(報酬、料金等の支払調書)の規定により、その報酬等の支払を受ける者の各人別に、次に掲げる事項を記載した調書を、その支払をする者の事務所、事業所その他これらに準ずるものでその報酬等の支払事務を取り扱うものの所在地の所轄税務署長に提出しなければならない。
一  その支払を受ける者の氏名又は名称、住所若しくは居所又は本店若しくは主たる事務所の所在地及び個人番号又は法人番号
二  その年中に支払の確定した報酬等の金額(広告宣伝のための賞金については、金銭以外のもので支払われる場合には、令第三百二十一条(金銭以外のもので支払われる賞金の価額)の規定により計算した金額)
三  前号の報酬等につき源泉徴収をされる所得税の額
四  報酬等の法第二百四条第一項各号に規定する区分
五  その他参考となるべき事項
2  前項の場合において、次の各号に掲げる場合に該当するときは、当該各号の規定に該当する報酬等に係る同項の調書は、提出することを要しない
一  同一人に対するその年中の法第二百四条第一項第三号に掲げる診療報酬、同項第四号に掲げる職業拳闘家、外交員、集金人若しくは電力量計の検針人の業務に関する報酬若しくは料金又は同項第六号に掲げる報酬若しくは料金の支払金額が五十万円以下である場合
二  同一人に対するその年中の法第二百四条第一項第八号に掲げる広告宣伝のための賞金の支払金額が五十万円以下である場合
三  同一人に対するその年中の法第二百四条第一項第八号に掲げる馬主が受ける競馬の賞金の全部につきそれぞれの一回に支払うべき金額が令第二百九十八条第一項(競馬の賞金に係る控除額)に規定する金額以下である場合
四  同一人に対するその年中の前三号に規定する報酬等以外の報酬等の支払金額が五万円以下である場合

先ほどの話に戻ると、「個人番号関係事務」とは、(鄯)法令又は条例の規定により、(鄱)個人番号利用事務に関して行われる(鄴)他人の個人番号を(鄽)必要な限度で利用して行う事務をいいました。提出義務のある支払調書の作成・提出自体は、(鄯)所得税法の規定に基づき、(鄱)税務当局による個人番号利用事務に関して行われる、(鄴)他人の個人番号を(鄽)必要な限度で利用して行う事務といえます。

しかしその一方で、提出義務のない法定金額以下の支払のための処理は、この「個人番号関係事務」に該当するのでしょうか。問題になります。

この点に対する考え方として、2説を想定してみます。

狭く考える説(狭義説)から検討していきます。個人番号関係事務を厳密に解釈すると、所得税法が例えば5万円以下なら調書提出不要と言っているのに、それを超えてわざわざマイナンバーを使う必要はなく、それは個人番号関係事務には該当しないという風に考えることができます。この考え方(狭義説)に立つと、5万以下の場合は、マイナンバーを要求する行為は違法となります。

しかし、違う解釈も可能です。
税法上提出義務があるかどうかにかかわらず、税務署に調書を提出するために必要な限度の行為ならば、個人番号関係事務であるという解釈です。つまり、5万以下の場合は、マイナンバーを要求する行為は一律に違法と解釈するのではなく、5万以下であってもマイナンバーを取得することが合理的な実務運用の範囲内であると認められれば良いとの考え方です。

この考え方の理由づけとしては、次のことが挙げられるでしょう。
ぎりぎり「必要な限度」を詰めて考えていって、狭義説をとると、じゃあ実際の実務はどうすればよいかというと、1回の支払が5万円以下であれば(しかも、請求書等で税が明確に区分されていれば、税抜きだが、区分されていなければ税込みで5万を考えるので、それもチェックしなければなりません。この点は後述します。)、まずはマイナンバーを取得しません。しかし、同じ人に同じ年の間にもう一回お金を支払って、2回目の支払を合算すると5万円を超えるのであれば、マイナンバーを取得します。2回目で5万円を超えればまだいいですが、それが10回目等の場合もあるので、支払の都度、年間累計支払金額をチェックします。個々の支払ごとに税が明確に区分されていなかったりされていたりすると、さらに大変なチェックが必要になります。そして、いざ5万円を超えたら、マイナンバーを相手に要求するわけですが、調書は支払の翌年1月31日までに提出しなければならず、仮に12月下旬に5万円を超えたとしたら、そこからマイナンバーを取得し終わるかという疑問も生じます。もっとも、マイナンバーが空欄の調書も税務署は受け付けてくれますので、担当者に与える実害が大きいかと言われるとそうではないかもしれませんが、もし狭義説を採用した場合、担当者の心労は計り知れないといえるでしょう。このように、実務運用が不合理に困難な場合までマイナンバーの「必要な限度」を詰めて考えるというのは、実効性がなく、法律の解釈として、あまりセンスが良くないと思います。

さらに、税務署は、提出義務がない調書も受け入れているようなので、会社によっては、提出義務がない調書も提出義務がある調書も、すべて支払については調書を税務署に提出するという運用もあるそうです。マイナンバーがなかった平成27年以前でも、支払調書を税務署に出すかどうか、法定金額以下かどうかで、逐一チェックしていると、実務上大変ということがあったのかもしれません。こういった実態から、提出義務がない調書も、所得税法に基づく調書であり、個人番号関係事務であると解釈することが可能かと思われます。

また、番号法は、個人番号関係事務を、「法令の規定によりマイナンバーの取得義務がある場合」などと限定していません。そうすると、実務運用として合理的な範囲内で、提出義務がない場合もマイナンバーを取得するというのは、個人番号関係事務として必要な限度内と解することが可能と考えられます。

もっとも、法定金額以下であることが明かな場合には、マイナンバーを取得することはできないと考えます。例えば、今年の支払は、1回限りで、1回あたりの謝金が5万以下の場合には、マイナンバーを取得できないと考えます。講演講師や、原稿執筆、弁護士への単発法律相談等の場合は、これに当てはまる場合が多いのではないでしょうか。通常、おそらくもう二度と仕事を発注する予定はないし、一回の支払が5万以下なら、マイナンバーを取得するべきではないと考えます。

まとめると、次のようになると思います。

  • 法定金額以下であっても、マイナンバーを取得することは可能
  • もっとも、法定金額以下であることが明かな場合には、マイナンバーを取得することはできない

なお、内閣府の外局の個人情報保護委員会はこの見解を採用していると考えられます。
個人情報保護委員会では、この問いを明示的に立てて回答をしているわけではありませんが、他の関連する問に対する回答を見ると、そのように考えられるからです。
具体的には、次の通りです。

Q1−8 支払調書の中には、支払金額が所管法令の定める一定の金額に満たない場合、税務署長に提出することを要しないとされているものがあります。支払金額がその一定の金額に満たず、提出義務のない支払調書に個人番号を記載して税務署長に提出することは、目的外の利用として利用制限に違反しますか。
A1−8 支払金額が所管法令の定める一定の金額に満たず、税務署長に提出することを要しないとされている支払調書についても、提出することまで禁止されておらず、支払調書であることに変わりはないと考えられることから、支払調書作成事務のために個人番号の提供を受けている場合には、それを税務署長に提出する場合であっても利用目的の範囲内として個人番号を利用することができます
「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」及び「(別冊)金融業務における特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン」 に関するQ&A(平成26年12月11日)(平成27年10月5日更新)事業者編より)

これは、法定金額以下の調書作成が利用目的の範囲内かという問いです*1が、概して、

利用目的 < 個人番号関係事務

ですので、利用目的の範囲内ということは、個人番号関係事務であることを前提とした回答ということになります。法定金額以下の調書作成が個人番号関係事務であるということがこの回答の前提になっています。

もっとも、次の問いへの回答も踏まえなければなりません。

Q4−2 不動産の使用料等の支払調書の提出範囲は、同一人に対するその年中の支払金額の合計が所得税法の定める一定の金額を超えるものとなっていますが、その一定の金額を超えない場合は個人番号の提供を求めることはできませんか
A4−2 不動産の賃貸借契約については、通常、契約内容で一か月当たりの賃料が定められる等、契約を締結する時点において、既にその年中に支払う額が明確となっている場合が多いと思われます。したがって、契約を締結する時点で、契約内容によってその年中の賃料の合計が所得税法の定める一定の金額を超えないことが明らかな場合には、支払調書の提出は不要と考えられますので、契約時点で個人番号の提供を求めることはできません
一方、年の途中に契約を締結したことから、その年は支払調書の提出が不要であっても、翌年は支払調書の提出が必要とされる場合には、翌年の支払調書作成・提出事務のために当該個人番号の提供を求めることができると解されます。

明らかに支払調書の提出が不要な場合は、マイナンバーの提供を求めることはできないという回答です。これに対して後段では、その年の支払調書のために不要だけれども翌年のために必要な者の場合は、その年でもマイナンバーの提供を求めることができるという回答です。

つまり、ぎりぎりと「個人番号関係事務」の範囲を詰める意図はないと考えられるものの(狭義説は採用せず)、明らかに不要な場合は、取得してはいけないよ、ということが記載されています。
もっとも、不動産の使用料等は、一か月あたりの賃料が固定されていることが通常のため、契約時点で年間の支払額が読めるという特徴があります。これに対して、原稿料・講演料・弁護士報酬ですと、年間の支払額が読めない場合もありますが、とはいっても原稿や講演でも、今年は1回しか頼まないということが明らかな場合もあるでしょうし、弁護士報酬・税理士報酬でも、顧問料が固定されていて、顧問料以外が発生しないことが通例の場合*2などは、契約時点で年間支払額が読めると言えると思います。


3.法定金額未満でも支払調書を必ず提出しそこにマイナンバーを必ず記載しなければならないのか

上記で、税法上提出義務があるかどうかにかかわらず、税務署に調書を提出するために必要な限度の行為ならば、個人番号関係事務であるという解釈について述べました。
これに関連して、では、税法上提出義務がない場合でもマイナンバーを取得した場合は、必ず税務署に調書を提出しなければならないのでしょうか。また、税法上提出義務がない場合でも税務署に調書を提出する場合は、調書に必ずマイナンバーを記載しなければならないのか、という疑問を持たれる方がいらっしゃると思います。

法解釈としては、マイナンバーを取得したからといって、法定金額未満の場合は、必ずしもマイナンバーを法定調書に記載して税務署に提出しなくてもよいという解釈が可能だとは思います。
個人番号関係事務とは、(鄯)法令又は条例の規定により、(鄱)個人番号利用事務に関して行われる(鄴)他人の個人番号を(鄽)必要な限度で利用して行う事務をいいますが、法定調書の準備のためにマイナンバーを取得する行為は、(鄯)所得税法の規定により(鄱)国税庁長官国税の賦課徴収という個人番号利用事務に関して、(鄽)法定調書の作成・提出のための準備作業として、必要な限度で、(鄴)他人の個人番号を利用している行為と考えられるからです。

これをどう考えるかは、結局、(鄱)の「関して」(鄽)の「必要な限度」をどう読むかの問題に帰着すると思います。
これとは反対の解釈、すなわち法定調書の税務署への提出までしないと個人番号関係事務に該当しないという解釈は、そこまでしないと(鄯)法令の規定により(鄱)個人番号利用事務に関して行われるとはいえず、(鄽)必要な限度でもないとの解釈だと思いますが、法解釈としてそれしか取れないかというとそうではないと思います。なぜなら、法定調書を作成して税務署に提出するための準備としてマイナンバーを取得したり準備したりしているわけだから、そこの段階でも既に個人番号関係事務であって、最終的に税務署に法定調書を提出するかどうかは、個人番号関係事務該当性に影響を与えないと考えることができます。

では、実務運用としてはどうしたらよいでしょうか。次のような対応が考えられるのではないでしょうか。

  1. 支払額が法定金額を超えそうな時に初めて個人番号を取得する
  2. 支払額が明らかに法定金額以下である場合は個人番号を取得しないが、それ以外の場合は取得する。取得した後、結果的に年中の支払額が法定金額以下の場合も、税務署に法定調書として提出する
  3. 支払額が明らかに法定金額以下である場合は個人番号を取得しないが、それ以外の場合は取得する。取得した後、結果的に年中の支払額が法定金額以下の場合は、取得した個人番号を廃棄する(もっとも、来年以降に法定金額を超える支払が見込まれる場合は、廃棄しない)

ちなみに、法定金額以下であっても、税務署に法定調書として提出する場合は、マイナンバーの記載が必要です。なぜなら、国税庁FAQが次のように述べているからです。

Q1-7 提出基準に満たない金額の法定調書を作成し提出する場合に、番号を記載する必要はありますか。

(答)

金銭等の支払時において、法定調書を提出しないことが明らかである場合には、個人番号関係事務は生じないことから、マイナンバー(個人番号)を取得することは認められません。

なお、支払金額が税法の定める一定の金額に満たず、税務署長に提出することを要しないとされている法定調書についても、税務署に提出する場合には、法定調書に変わりありませんので、支払者や支払を受ける方のマイナンバー(個人番号)又は法人番号を記載する必要があります。

※ 個人情報委員会ガイドラインFAQ(Q1-8)に、法定調書に記載するためにマイナンバー(個人番号)を利用することができる旨の記述がありますのでご確認ください。

もっとも、個人番号欄が空欄でも税務署は法定調書を受け付けてくれますので、実務運用としては、法定金額以下の場合に、マイナンバーを記載しないという選択肢もないではないかと思いますが、国税庁FAQのトーンが当初と少し変わっているので、注意は必要です。もっとも国税庁も変なことを言っているわけではなく、法解釈として当然のことを言っているものと思われます。

Q1-2 従業員や講演料等の支払先等からマイナンバー(個人番号)の提供を受けられない場合、どのように対応すればよいですか。

(答)

法定調書の作成などに際し、従業員等からマイナンバー(個人番号)の提供を受けられない場合でも、安易に法定調書等にマイナンバー(個人番号)を記載しないで税務署等に書類を提出せず、従業員等に対してマイナンバー(個人番号)の記載は、法律(国税通則法所得税法等)で定められた義務であることを伝え、提供を求めてください。

それでもなお、提供を受けられない場合は、提供を求めた経過等を記録、保存するなどし、単なる義務違反でないことを明確にしておいてください。

経過等の記録がなければ、マイナンバー(個人番号)の提供を受けていないのか、あるいは提供を受けたのに紛失したのかが判別できません。特定個人情報保護の観点からも、経過等の記録をお願いします。

なお、税務署では、番号制度導入直後の混乱を回避する観点などを考慮し、マイナンバー(個人番号)・法人番号の記載がない場合でも書類を収受することとしていますが、マイナンバー(個人番号)・法人番号の記載は、法律(国税通則法所得税法等)で定められた義務であることから、今後の法定調書の作成などのために、今回マイナンバー(個人番号)の提供を受けられなかった方に対して、引き続きマイナンバーの提供を求めていただきますようお願いします


4.給与等の場合は別

以上は、国税に関する個人番号関係事務の話でした。
これに対し、地方税に関する個人番号関係事務というものもあります。

例えば、給与を支払う事業者は、国税当局に給与所得の源泉徴収票を提出しなければなりませんが、地方税当局に給与支払報告書を提出しなければなりません。国税地方税とでは、提出義務が課される法定金額が異なりますので、この点注意が必要ですが、私の知る限りでは、講演講師、原稿執筆者、弁護士に対する報酬については、特段地方税当局への調書提出義務はないものと今のところ考えています。

なお、地方税に関する主な申告書等は、総務省サイトからどうぞ。


5.5万とは税込みか税別か

次に、少し小さめの論点となりますが、上記の5万とは、税込み・税別どちらかという論点があります。
これは、両方がありえます。
なぜなら、「提出範囲の金額基準については、原則として消費税及び地方消費税(以下「消費税等」といいます。)の額を含めて判定しますが、支払を受ける者からの請求書等において報酬等の額と消費税等の額が明確に区分されている場合などには、消費税等の額を含めないで判定しても差し支えありません。」と国税庁が言っているからです。


6.なぜこんなに面倒なのか

2016.4.18追記

このブログをアップしたら、「なんでこんなに面倒なのか!!」といったコメントも寄せられました。
この件に限らず、国や弁護士としてマイナンバーに関する仕事をしていると、「そんなことやってられない!」「いい加減にしろ!」とよく、民間事業者や地方公共団体の方から言われることがあります。

では、なぜこのように、一見面倒くさそうに見える規制があるのか、そして無駄な規制なのか、無駄な規制をなくすためにはどうしたらよいのか、について考えてみたいと思います。

番号法では、「必要な場面・範囲外にマイナンバーを取得してはダメ」というルールがあります。
その「必要な場面」というのが支払調書作成のことなわけです。
そしてラフにいえば、「必要な範囲」とはどこまでなのか、という問題が今回の問題と言えるかと思います。

「お金を支払っていて、税金関係の手続をするかもしれないんだから、別にいいじゃないか」という素朴な感想を持たれる方がいらっしゃると思うのです。
実際問題として、1000円の支払しかしない場合にマイナンバーを取得することでどういう実害があるのか、と聞かれれば、実際はそんなに実害があるわけではない、では、支払が発生する以上、マイナンバーを取得してよいよという再構成も、解釈変更・法改正を視野に入れれば、可能なのかもしれないとは思います(この件については、時間のある時に追って、ブログに書いて検討したいと思います。)。

しかし、法律の作成・解釈をする際は、違法行為がなされるリスクを考えないといけないと思います。

マイナンバーの取得制限を緩やかに解釈してしまうと、ズルズルになり、必要なくても収集できるし、それが合法行為になるとすれば、マイナンバーの悪用リスクも高まってしまうので、このあたりの線引きが必要だと考えます。

例えば、1000円支払えばいい、極論をいえば1円でも支払えば、マイナンバー取得が適法とすれば、それは適法な事業者さんはよいですが、違法行為を目的としてマイナンバーを収集しようとする人がいたとして、1円とか10円とか100円とかを支払うことで、いろいろな人からマイナンバーを収集する可能性もなくはありません。そんなことをして違法業者が儲かるのかという疑問がありますが、たとえば、破産者のマイナンバーとか、高額消費者詐欺被害者のマイナンバーとか、一定のジャンルの方のマイナンバーを少額の金銭を払うことで集めて、違法行為をしようとする事業者が現れないとは言い切れないと思います。

そうすると、1円でも支払えばマイナンバー取得が適法となってしまうと、1円さえ払えば、目的が違法行為をするためであっても、「取得行為」自体は違法にならなくなってしまいます。内部で不正名簿を作成したとしたら、それは違法ですが、その立証は困難な場合があります。その点、「取得」「提供」「漏えい」といった行為は、外部とのアクションがあるので、証拠が残りやすいと考えることができますし、「取得」については、被害者側が証拠を持っていることもあります。1円さえ払えば「取得行為」自体は適法で、あとは、取得後の行為が違法かどうかで、刑罰の有無、行政権限の発動の有無が変わってくるとすると、立証困難ゆえに、結局、悪徳業者へ刑罰が科されなかったり、行政権限が発動できなかったりする恐れがあります。

法律上は、必要な範囲≒個人番号関係事務=法定調書提出であり、その点から、上記のような解釈が導かれると考えますが、

しかし、適法な事業者の事務負担を重くする必要はなく、一方で悪徳業者の違法行為を抑止するためにも規制は必要であり、このあたりは、本当に比較衡量・検討が難しい場面だと思います。

適法な業者の負担は軽く、そして悪徳行為を違法とするための、良い線引きがあれば、良いルールとなり、良い法律となるのですが、そこがなかなか難しく、適法な業者の負担軽減に重きを置くと、悪徳行為が違法とならなかったり、逆に悪用リスクを抑えることに重きを置くと、適法な事業者の負担が重くなってしまうというところもあるかと思います。

何か良い線引きがあれば良いのですが。今後、時間があるときに、適法な事業者の負担にならず、悪用を防止するために、どういう再構成ができるか、検討してみたいと思います。


もっとも、現時点では、「明らかに年間の支払が5万以下であるのに、マイナンバーを当然のこととして取得した場合」、本人から苦情あっせんを個人情報保護委員会に申し立てられる可能性もあり、こういう場合には、本人に十分説明する、取得しないという対応が必要であると思います。それをしないと、かえって苦情あっせん対応に時間を採られ、負担が増すということが考えられます。


7.余談

余談ですが、某地方自治体が主催する民間事業者向け説明会でマイナンバーと個人情報の講演をした後、マイナンバーの要求をされました。
謝金が安く5万円以下でしたので、「5万円以下だからマイナンバーはいらないと思いますよ」と私が担当者に言ったところ、「皆様からいただいております!!」と怒られてしまいました。あまり、私に対して面と向かって、間違ったマイナンバーのお話をされる方はいらっしゃらないので、少しびっくりしましたが、この5万円以下問題は実はあまり認知されていないのではないかと思い、このブログを書くに至りました。

ちなみに、その地方自治体の担当者は、マイナンバー担当ではなく、福祉担当の方でしたが、別の講演の時にその地方自治体のマイナンバー担当の方にご挨拶をいただきました。前々からそちらの地方自治体はかなりマイナンバー対応に真剣に取り組まれていて、今年度も引き続きPDCAでやっていくなど、とても立派な対応をされているのになあ、と、なかなか、現場のマイナンバー取得担当者まで、マイナンバーに関する細かいことを伝えきるのは難しいのだなと、感じました。

そういえば、私に間違ったマイナンバーのお話をされる方といえば、内閣官房時代、個人情報の定義について、私に間違った見解を断言される方というのがいらして、こういう方がいらっしゃると、どういう風にいえば、その方のプライドを保ったまま、正しい事実をお伝えできるかなとすごく悩んでしまいます。プライドの高い方が多いですからね。なかなか訂正するのが難しく。しかし国の文書等が間違っていたら大変ですので、最終的には訂正せざるをえず、そういうときは、しばらく時間を置いてから、正しい解釈に改めて、あえてその方の解釈が間違っているとかなんだかそういう話はせずに、さらっと流していただくように心がけていますが、なかなか難しいです。公務員時代の苦労は、こういう点が多かったように思います。結構つらかったです。

あと、内閣官房時代、受託業者の民間事業者の方が、PIA(特定個人情報保護評価)について全く一行も公式文書も読まずに、私に向って、間違った見解を断言されていて、「要件定義段階で実施すると、PIAの趣旨が実現できず、意味がないので、開発後にやらなければなりません!!」とおっしゃっていたので、あまりに唖然としてしまいました。そこの事業者の受注額は、公表情報によれば、数億〜10億円ぐらいのはずです。それなのになんの勉強もせず、誤ったことを堂々と断言するとは、驚きです。受注額に見合った努力をしてほしいものです。

まれに、私に向って間違ったマイナンバー、個人情報の話を断言される方がいて、そういう方は、法律を一行も読まず、公的文書も一行も読まず、断言されるから、本当に困ったものです。<<追記>>
なんか、余談のところ、偉そうなかんじですよね・・・ そういう趣旨ではなく、公務員のごく一部(5%〜10%弱ぐらいか?)には、人を罵倒・面罵する人がいるんですよね。しかも法律を一行も読まずに、法律と文理に反する解釈等をされた上で、人を怒鳴りつけたりされるので、本当に困ってしまい。上司がっていうのは、パワハラに該当する可能性が高いですが、まあまだわかりますが、上司でもなく、フラットな関係なのに、誤った解釈に基づいて人を罵倒する方がいて。それってパワハラには当たらないわけですが、不法行為に該当するのではないかと思います。民間企業だと、さすがに人を怒鳴りつけたりする人って、平均で5%強はいないのではないかと思うのです(会社によっては半分ぐらいの人が怒鳴るという会社も中にはあるようにもおもってしまいますが…。平均値として。)。怒りのあまりつい怒鳴ってしまったというよりも、日常的に常に人を罵倒することがデフォルトのコミュニケーション・スタイルになっている方っていうのが、私の経験では、5%から10%弱いるように思うのですが、内閣官房が特殊なのでしょうか?もしかしたら各省ではそんなことはないのかもしれないのですが(外に行くと羽を伸ばす的な?)、なんか、公務員のマナー研修みたいなのをやった方がいいのではないかなって少し思いました。セクハラも民間企業の平均値では考えられないような言動を堂々と真昼間からとる方がいらっしゃいますからね・・・でもたいてい、人を面罵する人とセクハラする人は同一人物ですが…。ちなみに一部の法律事務所の場合は、上の人が下の人間を全否定するというのは極めて普通の文化になっています(残念)。

*1:なお、質問・回答では「税務署長への提出」について触れられていますが、税務署長に提出することは番号法19条の問題ですので、利用の問題ではなく、提供の問題であり、提供に当たっては利用目的外かどうかに関係なく、番号法19条各号に該当するかどうかが問題になるため、提供に関する部分は問いとして失当です。

*2:もっとも顧問料が年間総額5万以下ということは弁護士の場合は少ないですが、税理士報酬などで個人の確定申告の場合などは、まれにあり得なくはないとも思います。また、単発の法律相談の場合は、年間総額が5万以下ということも考えられます。