ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

公金受取口座のオプトアウト

※22.12.16 公金受取口座の課題を後ろの方に追記

 

www.tokyo-np.co.jp

 

公金受取口座とマイナンバーの紐づけについて、同意方式をやめて、オプトアウト形式にするという案が、東京新聞で記事になっていました。

プライバシー権から考えてみると、私は以下のように思います。

  • 年金受取口座や、児童手当受取口座は、どのみち現状でも公権力に把握されている口座である。
  • そして、年金も児童手当も、現状でも個人番号利用事務である。なお、公金受取法に登場する国税も個人番号利用事務である。「個人番号利用事務である」とは、つまり、マイナンバーと紐づいている状態である。
    もっとも、それらの事務で把握している口座やマイナンバーは、原則、児童手当事務にしか使えないし、年金事務にしか使えないので、コロナの特別定額給付金の支給には使えない。
  • それを、コロナの特別定額給付金のような給付金受取口座として、年金受取口座や児童手当受取口座とマイナンバーとを紐づけることにするというもの。
  • つまり、すでに公権力に知られているマイナンバーと口座情報を、コロナの特別定額給付金のような給付金受取口座としても登録されてしまうというもので、プライバシー権から見たときに、この範囲ではリスクは低い。現行法だと同意必要だが、それがオプトアウトになったとしても、すでに知られているマイナンバーと口座情報であって、使用用途が給付のみである(現行法だと給付用途限定なのだ)。
  • つまり、ここまではプライバシー権の問題からはリスクが低いと思われる(漏えいしたらどうするんだという意見があるが、すでに児童手当受給口座として、マイナンバーとともに自治体に知られている情報なので、現状でも、元々漏えいするリスクはある。アクセス者が増えればリスクは上がるので、その上昇するリスクを述べているものと思われるが、そのリスク対策としては、デジタル庁もあることだし、標準以上のセキュリティ対策がなされないとおかしいはずなので、その議論は今は割愛する)。
  • ゆえに、問題は、公金受取口座とマイナンバーの紐づけではない。
    これをもとに、全口座とマイナンバーを紐づけて、応能負担の実現、資産課税の強化等をもしやるのであれば、それに流用されるのではないか、というのが批判の原因ではないのだろうか。
    なので、「現行法、そして来年通常国会の改正法に基づいては、公金受取口座とマイナンバーの紐づけを、全口座付番に流用することはしない。もしするのであれば、閣議決定等で判断することはなく、必ず改正法案を提出し、国民の皆様への丁寧な説明を行ったうえで国会での議論を行います」というべきではないのだろうか。

 

私としては、公金受取口座については、上記の点より、以下の課題があると思っていて、それを解決しないといけないと思っています。効果が発揮しにくいのであれば、一定のリスクをとる必要がないと思うからです。効果を発揮し、リスクを防止する。これが求められていることだと思うので、効果を発揮しにくくする課題について考えることが必要だと思っています。
とはいえ、オプトアウトに賛成かといわれると、賛成ではありませんので、以下の「希望制のため、実効性に欠ける」の下の方にもその旨は書いていますが、ただ、オプトアウトが決定的にダメかといわれると、上記の観点からそうとは思わないというスタンスです。

  •    希望制のため、実効性に欠ける
    登録された口座を利用できる場面、すなわち公的給付法上の「公的給付の支給等」に該当する場合は多い。しかし、健康保険の保険料に係る還付金や国税の還付金を受け取る口座全てが登録されるわけではなく、あくまで希望者だけが、口座とマイナンバーとを登録する仕組みである。登録された口座が多数に及ばない可能性も考えられる。口座が登録されていない支給対象者には個別に預貯金口座を確認する必要があり、その数が多ければ、特別定額給付金の時と同様に、給付までに時間を要するものと考えられる。
    もっとも、給付口座とマイナンバーの紐づけと、応能負担は別の話となり、その点に関する丁寧な説明がない状態で、強引に登録口座を増やす政策をとっても、国民の理解は得られないのではないか。
  •    口座情報が最新化されないおそれ
    一度登録した口座であっても、10年、20年と期間を経過するにつれ休眠口座になる可能性もある。また、過去に登録した口座を忘れてしまう国民もいるだろう。
    もっとも、公的給付法にも変更に係る規定自体は存在する。また多数の公金受取に使用される口座となりうるため、失念しにくいとも考えられなくはない。
    しかし、そもそも還付金等の公金受取が発生しない国民もおり、さらには還付金等を受け取る国民であっても、運用上、マイナンバーと紐づく口座は変更せずに、還付金等の受取口座だけを変更できる場合も考えられなくない(国税還付金と公金受取口座を別口座としたいという国民も存在するだろう)ため、口座情報の最新化がなされるかが不明瞭であり、実効性に欠く。
    →民間サービスのように最新化ができる仕掛けが必要
  •     世帯問題
    特別定額給付金の際は、世帯単位での支給が実行されたが、世帯構成も10年、20年と期間を経過すると変更になる可能性がある。例えば、今、親と同一世帯の子が次の給付時には結婚して世帯主となっていたり、別の世帯の世帯員になっていたり、又は夫婦が離婚して世帯が変わった場合に、現在の世帯主の口座のみが登録されていても、迅速な給付には役立たない。
    →世帯単位での支給を再検討 & 今は世帯員の個人にも登録を促す?
  •     国民利便性の観点からも「国民と公的機関との金銭授受の方式の課題」と捉えるべきでは
    公的給付法は上記の通り適用範囲が限定されていて、実効性に疑義が残る。公的給付法よりも、問題を「国民と公的機関との金銭授受の方式の課題」と大きく捉えて、国民が国・自治体に保険料・税金等の金銭を支払ったり、金銭給付を受ける際の口座登録・変更登録に係る実務を全体的に調査し、制度設計を見直すべきである。民間のオンラインショッピングなどでは、簡単に口座登録・追加登録・変更登録ができ、手続にかかるストレスがなく支払等ができるように設計されている。国民と公的機関との金銭授受についても、マイナンバーと紐づくことのできる口座を1つに限定せずに、マイナポータルから簡単に登録・追加・変更ができるようにするなど、国民の利便性向上を第一に制度設計した上で、行政効率化も図れるような検討が必要だと考えられる。国民理解が得られにくいようであれば、マイナンバーと口座は紐づけず、マイナポータルで口座登録手続ができるだけにするなどの施策も考えられる。
    公的機関への支払の際も、納付書(紙)での手続や平日日中に銀行窓口での口座振替手続を要求したり、ゆうちょ銀行からの振替に限定する例もみられるが、国民利便性が考えられていない。滞納が発生すれば、官側の管理・督促等作業も発生し、官民ともに疲弊するだけで意味がない。
    場当たり的な改正ではなく、もっと問題を俯瞰で正確に捉えての、制度改善が必要。
  •     マイナンバーによって支給管理できる範囲が狭い
    公的給付法では、「特定公的給付」に係る支給を実施するための基礎情報をマイナンバーで管理することを認めている(公的給付法10条)が、「特定公的給付」の範囲が狭い。
    特別定額給付金リーマンショック時の定額給付金であれば、公的給付法上の「特定公的給付」に該当する。しかし、これに該当するためには、①個別の法律の規定によらない公的給付であって、②国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある災害や感染症が発生した場合又は経済事情の急激な変動による影響を緩和するために支給されるもので、③内閣総理大臣が指定するものでなければならない。これらの要件は、特別定額給付金を踏まえたものであると考えられるが、これらの要件を満たさなければならないために、個別法に基づく給付の場合は「特定公的給付」に該当しないし、災害・感染症・経済変動以外の事情による給付の場合も「特定公的給付」に該当しなくなってしまう。
    公的給付法がなくとも、現行の番号法のままで又は番号法改正によって、新型コロナウィルス感染症対応時等に給付対象者の情報をマイナンバーで検索・管理することは可能である。給付が「個人番号利用事務」の範囲内であれば、現行の番号法上も適法にマイナンバーで検索・管理できるし、個人番号利用事務に該当していない給付であっても、社会保障・税・災害対策の一環であれば番号法別表第一に追加することで個人番号利用事務とすることができ、それにより番号法上適法にマイナンバーで検索・管理することができる。もっとも、番号法別表第一には法律に基づく事務が列挙されているところ、特別定額給付金は、法律ではなく閣議決定 を受けた施策であるため、番号法別表第一に追加できなかったのではないかともいわれている。公的給付法10条は、このことを受けた規定であると考えられる。
    しかし、公的給付法10条のように、個別の法律の規定によらない公的給付であることを要件とすれば、個別法に基づく給付の場合は、給付が個人番号利用事務の範囲内でなければ、番号法別表第一への追加、すなわち番号法改正が必要となる。その場合、法改正に時間を要して迅速な支援ができない場合も考えられなくはない。また個別法に基づかない給付であったとしても、災害・感染症・経済変動以外の事情による給付の場合は、番号法又は公的給付法を改正しなければ、マイナンバーを利用することができない。
  •     給付以外でもマイナンバーを活用すべき場合はある
    公的給付法ではマイナンバーの利用が給付に限定されているが、給付以外でもマイナンバーを活用すべき場合がありうる。現行の番号法上、マイナンバーは給付に限らない災害対策に利用できることとなってはいるものの、個人番号利用事務として法定されている災害対策事務は多くはない。加えて、「番号法上」はマイナンバーを利用することができても、「実際の実務上」はマイナンバーを利用していない事務が現状でもそれなりにあるとも言われており、実際に災害対策時にマイナンバーを利用して迅速な国民支援ができるかどうかは不明瞭である。

    番号法では、個人番号利用事務等以外におけるマイナンバーの目的外利用等も認めてはいるが、きわめて例外的な場合に限定されている。具体的には、次の場合が認められている。
    ① 金融機関等による激甚災害時等の、あらかじめ締結した契約に基づく金銭の支払を行うために必要な限度でのマイナンバーの利用(番号法9条5項)
    ② 番号法19条13号から17号までのいずれかに該当して特定個人情報の提供を受けた者による、提供を受けた目的を達成するために必要な限度でのマイナンバーの利用(番号法9条6項)
    ③ 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意があり、又は本人の同意を得ることが困難であるときの目的外利用(番号法30条1項で読み替えられて適用される個人情報保護法69条2項1号、番号法30条2項で読み替えられて適用される個人情報保護法18条3項2号、番号法32条を踏まえた個人情報保護条例)

       ①は金融機関などの既存口座からの払い戻し等に限定され、②では個人情報保護委員会規則で定めればその範囲内で利用できるものの、あくまで例外的な位置づけにとどまり、③は緊急時であればこれに該当する場合はあるものの、これも該当する範囲が狭く、かつあくまで例外的な位置づけにとどまる。
        公的給付法10条があったとしても、適用される範囲が狭いうえに、実際に災害等が発生した場合においてマイナンバーを活用して迅速な国民支援ができるような法整備状況や運用となっておらず、感染症以外の、地震・水害・風害等の災害時においても、新型コロナウィルス感染症対応の際にマイナンバーが役立たなかった状態とあまり変わりはない状況にある。そのため、「特定公的給付」に係る支給を実施するための基礎情報をマイナンバーで管理することを認めるのではなく、平時から災害等支援を迅速化するためにはどうしたらよいか、まずは実務運用面での検討を入念に行った上で、番号法自体を改正することが必要だと考えられる。
    具体的には、マイナンバーを目的外利用することのできる、上記①の例外について、災害時に必要な限度でのマイナンバーの利用を認めるように改正すべきだと考える。又は、マイナンバーの悪用防止のために、目的外利用を厳格に限定すべきであって、災害時であっても、どのような手続にマイナンバーを利用するのかを限定列挙する必要があるのであれば、新型コロナウィルス感染症対応など、マイナンバーを利用する必要のある事態が生じた際に、迅速な番号法改正が行えるよう、法改正実務・国会対応等の準備が必要であろう。