ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

移籍先に元顧客データを持ち込めるか(個人情報保護法の観点から)

ある営業パーソンが、A社からB社(同業他社)に移動したとします。

前職で取得した個人情報を移籍先Bでの営業活動に利用することは、違法ではないのでしょうか。しかし、以前の顧客に対して一般的な転職の挨拶をすることは可能なのではないでしょうか。

 

注:いただいた質問を再構成してブログに掲載しています。ご質問いただき、ありがとうございました!

 

個人情報保護法の観点からは、非常に難しい問いだなと思いました。以下、現時点の当職の考え方を述べます(今後、より深く検討すると、考えが変わる可能性はある)。

個人情報保護法の話としては、個人情報の取得・保有者は、「個人情報取扱事業者」であって、A社、B社という法人であって、営業パーソン個人ではありません。

その営業パーソンが、B社へ、前のA社で得た個人情報を持っていくことは、B社から見たら、個人情報保護法上の不適正取得(17条1項違反)に当たり得るのではないかと思います。なお、B社が第三者から個人データを取得する場合、取得の経緯等の確認義務があり、記録義務もある(個人情報保護法26条)が、移籍してきた従業者からB社が取得する場合、26条がそのまま適用になるかはグレーですが、26条の趣旨を踏まえた対応をすべきだと考えます。

また、その営業パーソンにとっては、個人情報保護法違反、不正競争防止法違反に当たり、刑罰の対象となる可能性があります。

個人情報保護法83条 個人情報取扱事業者若しくはその従業者又はこれらであった者が、その業務に関して取り扱った個人情報データベース等(その全部又は一部を複製し、又は加工したものを含む。)を自己若しくは第三者の不正な利益を図る目的で提供し、又は盗用したときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 

他方で、転職のあいさつについては、業界によっては慣行として行われているものでもあり、B社社員としての活動ではなく、営業パーソンが個人情報取扱事業者として事業の用に供しているのではなく、個人的に挨拶しているとすれば、個人情報保護法の話ではなくなるのでしょうか???この辺りは難しい話です。まあ慣行であれば、不法行為該当性はなくなるのでしょうかね。個人情報保護法個人情報取扱事業者の「事業の用に供する」に当たらないと解釈するか、あとは社会的に許容される範囲として、不適正取得に当たらないと解釈するのか。

これまで禁止していたら、社会実態と合わない可能性がありますからね。。。

 

しかし、転職のあいさつまではできたとしても、その営業パーソンを気に入っている顧客が、転職のあいさつを聞いた後に、B社に所属するその営業パーソンに自ら連絡してきたら、どうなるのかという問題もあります。この場合、顧客の(明示又は黙示の)同意を得てB社は個人情報を取得すると解釈することができますが、そう解釈してしまうと、転職のあいさつを間にかませば、B社は適法に取得できてしまうので、それもどうかという問題もありますし、難しいところです。この辺りは、あいさつの相当性(挨拶といっても営業に近いものなのか、それとも儀礼上のあいさつなのか、それとも挨拶すらしていないのに、顧客側がうわさを聞きつけて自ら連絡してきたのかなどなど)から判断するしかないのですかね…。

 

この点、これが営業パーソンではなく、弁護士が移籍又は独立した場合で、前職の所属事務所Aで取得した個人情報を移籍先事務所Bでの利用することはどうかという、自分の業界の例でも考えてみました。

この場合、個人事業主たる弁護士が「個人情報取扱事業者」になるのではないでしょうか。弁護士法人以外は組合か個人事業主なので、この弁護士は、個人事業主として、A事務所でも自身が個人事業主として取得・利用している個人情報であれば、B事務所でもそのまま利用できるのではないか、とも思われます。但し、事務所として、組合としての保有であれば、A組合からB組合へ個人情報が移っているし、AかBが弁護士法人だったらどうかとかいうややこしい問題もありますが…。さらに、A事務所で、勤務弁護士として、給与所得者等として取得・利用している個人情報であれば、その弁護士自身は個人情報取扱事業者ではない??とも思われ、かなり複雑な問題になりそうです。組合としての情報保有かどうかは、事務所の実態にもよるのでしょうね。費用共同型事務所なのか、収支一体型事務所なのか、顧客をそれぞれの弁護士が担当しているのか、案件ごとに変わるのかなどなど。弁護士法人の場合は、基本的には上の営業パーソンと法人みたいな扱いになりそうな気もしますが、そうはいっても、弁護士法人であっても、費用共同とか完全に分離されているような業務実態だったらどうかという問題もありますし。アソシエイト/イソ弁といっても、実態的にはパートナーに近い弁護士から本当のアソまでいるはずで、結構複雑です。

ただ、実際、現実としては、あいさつは挨拶状として普通に出していて、移籍先で、セミナー情報の提供とかを前の事務所顧客に対して行う人もいるんじゃないかと。個人情報保護法の観点から見ると、結構法解釈が複雑になりますね…。

まあ、移籍先に元顧客データを持ち込むという場合、個人情報保護法だけじゃなくて、不正競争防止法不法行為その他の法的問題も出てきそうですし、何より、やはり前の所属先のAが嫌がって、トラブルになる可能性が非常に高そうですね。ただ、法的処理としては、法人の情報だと考えるとしても、実際にその情報を取り扱っているのは、生きている人であって従業者ですから、人の異動に伴って情報が流れてしまうという実態も無きにしも非ずで、この辺りは本当に複雑な問題かなと思いました。

明確な回答が出ずに恐縮ですが、以上、今の私の考えでした。

 

雑記:「営業マン」というのは不適切かと思い、「営業パーソン」にしましたが、文で書くなら問題なく書けるのですが、口頭ではなかなか「営業パーソン」とは言いにくいなと感じました。浸透していない言葉を口頭で話すのって、結構、なんというか…。

英語の授業とかで、昔は「Man」という書き方で人間を表していたが、「People」とかにしましょうみたいに言われましたけど、「営業マン」ってどうなんですかね。「営業」「営業の人」とかっていうことが多いから、ある意味「営業マン」って現代においてはあまり使われていないのかもしれません。どうなんでしょうかね。