ITをめぐる法律問題について考える

弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

法条競合と観念的競合ーマイナンバー犯罪を巡って

マイナンバー法逐条解説書を執筆中ですが、罰則のところの罪数のメモです。
特定個人情報ファイルを不正提供した場合、番号法行政機関個人情報保護法の関係はどうなるのか、などについてです。

1.罪数総論

  • 単純一罪:1個の構成要件該当事実、1個の法益侵害が惹起された場合
    • 法条競合(特別関係、補充関係、択一関係)
      • 特別関係の例)殺人罪同意殺人罪 →特別法は一般法に優先するため、特別類型である加重・減軽類型の罰条のみが適用される
      • 補充関係の例)現住建造物等放火罪と非現住建造物等放火罪 →基本法は補充法に優先するため、基本類型の罰条のみが適用される
  • 包括一罪:複数の法益侵害事実が存在するが、1つの罰条の適用によりそれを包括的に評価し得る
    • 吸収一罪
      • 例)器物損壊罪と殺人罪
      • 共罰的事前行為、共罰的事後行為
        • 例)予備・未遂・既遂の場合における予備、窃盗により得た財物を毀棄した場合の窃盗と器物損壊罪
    • 接続犯 例)数回殴った場合も傷害罪の包括一罪、何回かに分けて短時間のうちに同じ倉庫から窃盗した場合も窃盗の包括一罪
    • 集合犯 例)常習賭博罪
  • 科刑上一罪:1個の行為が二個以上の罪名に触れる場合、及び犯罪の手段・結果である行為が他の罪名に触れる場合には、最も重い刑により処断
    • 観念的競合
      • 法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価を受ける場合(最大判昭和49年5月29日刑集28巻4号114ページ)
      • 例)×酒酔い運転罪と業務上過失致死、〇無免許運転と無車検車運行
    • 牽連犯
      • 例)住居侵入と窃盗・強盗・殺人、私文書偽造・詐欺、×殺人と死体遺棄、監禁と恐喝


2.特定個人情報ファイル不正提供罪

番号法
第四十八条 個人番号利用事務等又は第七条第一項若しくは第二項の規定による個人番号の指定若しくは通知、第八条第二項の規定による個人番号とすべき番号の生成若しくは通知若しくは第十四条第二項の規定による機構保存本人確認情報の提供に関する事務に従事する者又は従事していた者が、正当な理由がないのに、その業務に関して取り扱った個人の秘密に属する事項が記録された特定個人情報ファイル(その全部又は一部を複製し、又は加工した特定個人情報ファイルを含む。)を提供したときは、四年以下の懲役若しくは二百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

行政機関個人情報保護法
第五十三条 行政機関の職員若しくは職員であった者又は第六条第二項若しくは第四十四条の十五第二項の受託業務に従事している者若しくは従事していた者が、正当な理由がないのに、個人の秘密に属する事項が記録された第二条第六項第一号に係る個人情報ファイル(その全部又は一部を複製し、又は加工したものを含む。)を提供したときは、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

公務員が番号法48条違反を犯した場合、必ず行個法53条に該当する。
法条競合(特別関係)であり、個人情報ファイル一般のうち特定個人情報ファイルについて特に規定した本条の罪が成立するときには、行政機関個人情報保護法53条の罪は成立しない。

国家公務員法
第百九条  次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
十二  第百条第一項若しくは第二項又は第百六条の十二第一項の規定に違反して秘密を漏らした者

(秘密を守る義務)
第百条 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。
2 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表するには、所轄庁の長(退職者については、その退職した官職又はこれに相当する官職の所轄庁の長)の許可を要する。

国家公務員が番号法48条違反を犯した場合、必ず国家公務員法109条12号に該当する。
法条競合(特別関係)。地方公務員法も同様。

行政機関個人情報保護法53条の個人情報ファイル不正提供罪と、国家公務員法の秘密漏えい罪の関係も、法条競合(特別関係)である(解説行政機関個人情報保護法307ページ)。

これに対し、宇賀「番号法の逐条解説」228ページでは、行政機関個人情報保護法の個人情報ファイル不正提供罪と本条の関係は法条競合とするが、国家公務員法地方公務員法上の秘密保持義務違反と本条の関係を観念的競合とする。


3.個人番号の不正提供・盗用罪

番号法
第四十九条 前条に規定する者が、その業務に関して知り得た個人番号を自己若しくは第三者の不正な利益を図る目的で提供し、又は盗用したときは、三年以下の懲役若しくは百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

行政機関個人情報保護法
第五十四条 前条に規定する者が、その業務に関して知り得た保有個人情報を自己若しくは第三者の不正な利益を図る目的で提供し、又は盗用したときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

個人番号は必ずしも保有個人情報に該当しないことがある。
したがって、特別関係ではない。ただ、一個の行為が二個の罪名に触れるので、観念的競合。
公務員が番号法49条違反を犯した場合の国家公務員法地方公務員法の罰条との関係も、観念的競合。

行政機関個人情報保護法54条の個人情報不正提供・盗用罪と、国家公務員法の秘密漏えい罪の関係も、観念的競合である(解説行政機関個人情報保護法312ページ)。

これに対して、宇賀「番号法の逐条解説」231ページでは、行政機関個人情報保護法保有個人情報の不正提供・盗用罪と本条の関係を法条競合とする。なぜ?


4.職権濫用収集

番号法
第五十二条 国の機関、地方公共団体の機関若しくは機構の職員又は独立行政法人等若しくは地方独立行政法人の役員若しくは職員が、その職権を濫用して、専らその職務の用以外の用に供する目的で個人の秘密に属する特定個人情報が記録された文書、図画又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録をいう。)を収集したときは、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

行政機関個人情報保護法
第五十五条 行政機関の職員がその職権を濫用して、専らその職務の用以外の用に供する目的で個人の秘密に属する事項が記録された文書、図画又は電磁的記録を収集したときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

法条競合(特別関係)