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弁護士水町雅子のIT情報法ブログ

新たな所得連動返還型奨学金制度の創設について (第一次まとめ)

マイナンバー制度が始まったものの、実際、事務遂行側がマイナンバーで効率化・事務正確化を図ろうと思わないと、なかなかマイナンバー制度の効果を発揮するのは難しいように思います。

その点、奨学金は、自らマイナンバーを使いたいという意思をお持ちのようで、前々から、マイナンバーの効果発揮の例、マイナンバーによる新たな政策検討の例として、奨学金があがっていくようになるのではないかと思っていたのですが、新聞報道等を読むぐらいしかしていなかったので、この機会に、「新たな所得連動返還型奨学金制度の創設について(第一次まとめ)」マイナンバー関連部分を、ブログでまとめてみようかと思います。

文科省に設置された所得連動返還型奨学金制度有識者会議で平成28年3月末に公表された第一次まとめです。

1.はじめに

  • 社会保障・税番号(マイナンバー)制度が導入されたことにより、個人の所得を把握するための事務コストが大幅に低減し、所得に応じた返還額による返還方式が可能となる環境が整備された。この方式による返還制度は、奨学金の返還に対する不安及び負担の緩和を図るものであり、奨学金制度の充実・改善のための画期的な方策である。

2.検討の背景とこれまでの経緯
(1)検討の背景

  • 奨学金を受給する学生の割合も、

大学学部(昼間部)で平成14年度の31.2%から平成24年度には52.5%に増加

  • 保護者の収入に関しては、給与所得者の平均給与が平成9年に467万3千円であったものが、平成26年は415万円まで低減
  • 高校生の保護者に対する調査において「返済が必要な奨学金は、負担となるので、借りたくない」と回答する者の割合が、年収400万円以下の世帯から1050万円以上の世帯のどの所得層においても半数以上であったとする調査結果
  • 無利子奨学金返還者の収入の状況については、貸与の対象となる学校種の卒業生25−29歳の39.4%が年収300万円未満と試算される。30−34歳においては41.2%、35−39歳においても40.5%が年収300万円未満であると推計される
  • 平成26年度末時点で延滞期間が3か月以上の者は17.3万人となっており、返還を要する人数に占める割合は4.6%
  • 3か月以上の延滞者の80.2%が年収300万円未満、無延滞者では57.0%が年収300万円未満
  • Income Contingent Loanと呼ばれる諸外国例
    • イギリス:返還期間は返還義務が発生してから30年である。この返還期間を終了した時点での未返還額は返還免除で、赤字が見込まれる
    • イギリスとオーストラリアは、もともと授業料全額を公的負担(無償)としていた経緯があり、授業料を徴収することに転換した時点で政府の収入増となっている。両国とも税務署を通じて返還・徴収を行っている。
    • アメリカは利用率低く2割ぐらい。学費が高い。

(2)これまでの経緯

  • 「教育振興基本計画(平成25年6月14日 閣議決定)」以降、検討が進められてきた。一方、番号法は平成25年5月24日に成立。
  • 日本学生支援機構による学資の貸与に関する事務にマイナンバーを利用できることが定められており、具体的には、①学資金の貸与の申請の受理・審査及びその応答、②返還期限猶予、減額返還、免除の申請の受理・審査及びその応答、③学資金の回収に関する事務、など
  • マイナンバー制度を活用することで返還者一人一人の所得を把握し、所得に応じた返還月額を設定することで返還負担の軽減を図る

3.現行の奨学金制度及び改善の方向性
(1)現行の奨学金制度

  • 無利子奨学金が46万人、3,125億円、有利子奨学金が87万7千人、7,966億円、合計で133万7千人、事業費総額は1兆1,091億円
  • 平成26年度は、人的保証が53.7%、機関保証が46.3%
  • 返還期間最長20年の範囲で、貸与額に応じて返還月額と回数があらかじめ定められており、卒業後7か月目から原則として月賦で返還。例えば大学学部(貸与月数48か月)の場合、返還月額は9,230円(貸与月額3万円)〜14,400円(同5万4千円)。早期に返還を希望する場合には、随時繰上げ返還が可能
  • 返還猶予制度
    • 返還者が大学・大学院等に在学中の場合(以下「在学猶予」という。)
    • 災害や傷病、生活保護受給、経済困難、失業等により返還が困難となった場合(以下「一般猶予」という。)
    • 本人の申請による
    • 経済困難の認定に当たっての収入・所得の目安金額は、給与所得者の場合年間収入金額(税込み)が300万円以下、給与所得者以外の場合200万円以下(必要経費等控除後)
  • 減額返還制度
    • 返還者が災害や傷病、経済困難の事由により返還が著しく困難となった場合、本人の申請
  • 返還免除制度
    • 返還者が死亡又は障害等
  • 現行所得連動返還型制度の導入
    • 平成24年度から、家計の厳しい世帯(奨学金申請時の家計支持者の年収300万円以下相当)の学生等を対象とし、無利子奨学金の貸与を受けた本人が卒業後に一定の収入(年収300万円)を得るまでの間は、本人の申請により、返還を猶予する現行の所得連動返還型奨学金制度を導入。なお、この制度の適用対象者は貸与開始時の家計支持者の年収によって決定され、奨学生本人の申請は必要とされない。
    • 年収300万〜400万円程度の返還者のボリュームゾーンにおいて、返還負担が重くなるという課題がある。
    • 奨学金申請時の家計支持者(保護者等)の年収を適用の判断基準としており、進学時の低所得世帯に対する対応策として機能する一方、実際に返還するのは奨学金の貸与を受けた本人であり、保護者等の収入にかかわらず本人の収入に応じた返還額となる新たな措置が講じられることが望ましい。
    • マイナンバー制度の導入により返還者の年収を毎年度把握することが容易になる

(2)新制度の考え方及び改善の方向性

  • 諸外国においても返還額が所得に連動する制度が導入されているが、前述のとおり、未回収額が多額に上ることが問題となっている。新制度においては一定の公的補助が必要となるが、我が国の奨学金制度は返還金を次の世代の学生への奨学金の原資とする循環的制度となっており、奨学金制度全体を安定的に運用していくためにも、返還額が確保される制度とすることが必要

4.新たな所得連動返還型奨学金制度の設計

  • 無利子奨学金から先行的に導入(有利子奨学金については、無利子奨学金の運用状況を見つつ、将来的に導入を検討)。
    • より多くの返還者に対して所得に応じた返還が可能となる新所得連動返還型奨学金制度を適用する観点から、無利子及び有利子奨学金の両方に新制度を導入することが望ましい。ただし、有利子奨学金については、返還期間が長期化した場合に利子負担が大きくなるといった課題があり、より慎重な検討が必要
  • 申請時の家計支持者の所得要件は設けず、全員に適用可能とする
  • 平成29年度新規貸与者から適用
  • 所得が一定額となるまでは所得額にかかわらず定額(2,000円)を返還し、一定額を超えた場合には所得に応じた返還額とする。ただし、返還が困難な場合(災害、傷病、生活保護受給中、年収300万円以下の経済困難等)は返還猶予を可能とする。
    • 試算結果においては、年収300万円から返還開始する条件では、所得にかかわらず最低2,000円を返還する条件と比較して、回収額が著しく低減(約1,200億円)することが予測された。
    • 会議においては課税所得額が0円の場合には返還を猶予すべきとの意見もあったが、返還金により次の世代の学生等への貸与が行われているという奨学金制度全体を維持する観点から、新制度では所得にかかわらず返還を行うこととする
    • 最低返還月額については、契約関係が継続していることを確認し、返還者の奨学金返還に対する意識を継続させるという観点や返還口座の維持・管理コストに鑑み、一定額の返還を求めることが望ましい。
    • このため、最低返還月額を0円、2,000円、3,000円及び5,000円とする条件を設定し、回収額の試算を行った。試算結果によると、最低返還月額が0円の場合には現行制度での回収予測額と比較して、回収額が相当程度(約340〜420億円)下がることが予測された11。2,000円〜5,000円では条件間で若干の回収割合の差が見られるものの、所得の低い場合に返還しやすいという新所得連動返還型奨学金制度の制度趣旨や、最低返還額を抑えて回収不能に陥りにくいようにする観点から、5,000円は高額であると考えられる。現在の無利子奨学金の貸与区分のうち、返還月額が最も低いのは通信教育−面接授業期間(1か月)の3,666円であり、これを上回らない範囲において、できるだけ返還負担を緩和する観点から、2,000円とすることが適当である。このこと

により、例えば私立大学自宅生(貸与月額5万4千円)では、これまでの定額返還型での返還月額は14,400円であったところ、新所得連動返還型では所得が低い場合に返還月額が2,000円となり、現行制度に比べて相当程度の返還負担の軽減が図られることとなる。また、それでも返還が困難な場合には、返還猶予制度を用いることが可能

    • 水町コメント)所得がない場合でも2000円の返還を求める件については反対も考えられるが、本とりまとめの検討の理由としては、上記とのこと。
  • 申請可能所得は年収300万円以下、申請可能年数は通算10年(災害、傷病、生活保護受給中等の場合は、その事由が続いている間は無制限)。また、奨学金申請時に家計支持者の年収が300万円以下かつ本人の返還時の年収が300万円以下の者については、申請可能年数を期間制限なしとする。
    • 返還猶予制度は返還者の経済状況の急変等に対する救済措置を講じる観点から、新所得連動返還型奨学金制度においても申請可能とすることが望ましい。
    • 申請可能年数については、現行の所得連動返還型と同じく期間の制限を設けないとする条件と10年又は15年を上限とする条件を設定して回収額の試算を行った。試算結果では期間の制限を設けないとした場合、10年又は15年を上限とした場合と比較して、回収割合が相当程度(約650億円)落ち込むことが予測
  • 所得に対する返還額の割合は9%
  • 返還期間は、返還完了まで又は本人が死亡又は障害等により返還不能となるまで
  • 返還者が被扶養者になった場合には、扶養者のマイナンバーの提出を求め、提出がありかつ返還者と扶養者の収入の合計が一定額を超えない場合のみ、新所得連動返還型による返還を認めることとする
    • 奨学金貸与の契約は、契約当事者(本人)のみを拘束し、配偶者や父母等のマイナンバーや所得証明書の提出を義務付けることはできない。また、マイナンバー制度においては、日本学生支援機構が返還者のマイナンバーにより当該者が被扶養者であるか否かを把握することはできるが、その扶養者が誰であるかを特定することや扶養者の所得を把握することはできない。
    • 水町コメント:謎。確かに契約は、本人のみを拘束するが、申請があった時などは、法律上、扶養者や扶養者の所得を情報連携するという建付けにできるはず。
  • 原則として機関保証
    • 返還期間が不定期となることから、現在より高齢となった連帯保証人・保証人に保証を求める